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まるで時が止まってしまったかのように、向き合う二人は一枚の絵と化していた。
その場に呆然と立ち尽くす瀬名の耳からは、しきりに存在を主張する蝉の喧騒はシャットアウトされ、視覚も聴覚も、全ての感覚が彼にだけ機能しているようだった。
頭一つ分高い位置から送られる視線は、確かに彼のもので。
ブラウンの髪も、広い肩幅も、支えていないと閉まってしまうドアに添えられた大きな手も。
スーツでなく、生成りのネイビーの半袖シャツにベージュのチノパンという私服姿ではあったが。
目の前に広がる光景は夢と、いや、初めて出逢ったあの日と同じ―――。
二人を包むのは沈黙だった。
水上の方も瀬名がインターホンを介さずに現れるとは予期していなかったようで、暫し当惑したのちようやく口を開く。
「…ゴメン。携帯繋がらないから拒否られてるかもって思ったんだけど。
今日だけは瀬名と過ごしたいって思ってたから…。迷惑、かな」
そんな訳ない。
絶対に迷惑なんかじゃない。
言葉に乗せたくとも上手く紡げず、代わりに懸命に首を横に振る。
「入っていい?」
今度は縦方向に振ると、ドアが静かに閉められた。
「…携帯…?」
「うん、すぐに留守電になっちゃったんだけど…」
言われて、瀬名は弾かれたようにリビングへ駆けた。
テーブルに投げられている無機質な白いフォルムは、開けば黒一色の画面だ。
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