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脇を姉妹のシューズで固めたフロアは、大の大人がうずくまれば余分なスペースはない。
瀬名は一段上がった床で、へたりこむ水上の前で同じようにしゃがんだ。
普段は身長差で見る事が出来ない、彼のつむじが瀬名の目に映る。
「鷹洋さん…」
水上の顔が半分上がった。
前髪から覗く瞳は己の不甲斐なさへの嫌悪が浮かんで、まるで寂しげな仔犬のようだ。
「…瀬名」
久しぶりに呼ばれた名に、瀬名の胸がきゅうと締め付けられる。
はい、と小さく返すと水上の顔がしっかりと上がり、二人の視線が交わった。
「俺は…瀬名が思ってるほど大人じゃないんだ」
そう切り出した水上の眼差しは真っ直ぐだ。
「年齢的には瀬名よりずっと上だけど、余裕のあるふりをしていつも強がってた。虚勢を張ってた。
ずっと君に、自分の弱さを見せる事が出来なかった」
「……」
「親父の事を言えなかったのは、俺の弱さを見せなきゃいけなかったからなんだ。
学生時代に重圧から逃げ出した事も、死んだ親父から許されたくて料理を辞めた事も、全部過去の弱い自分で、今も引きずってて…だからその内面を見られたくなくて、瀬名には黙ってた。
でもそのせいで、瀬名を追い詰めて…本当にごめん…」
あまりに健気で、純粋な感情の表れで。
出逢いの段階から虚偽だったんじゃないかと、愛情なんて端から無かったんじゃないかと。
懐疑に取りつかれていた自分を瀬名は情けなく思った。
今の彼の姿を見て、なおも欺くための演出だと捉えるのはあまりに愚かだ。
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