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徹底された無愛嬌な呼び掛けに、瀬名の体がビクリと跳ねた。
(…もしかして、私、またやっちゃったの…?)
約半月前に招いた顧客のWebサイトの更新ミスという過去の失態が頭を過り、瀬名は怖々と星也のデスクがある後方を振り向く。
「いや、休憩室でいい。昼飯食いながらで構わない」
星也のもとに寄ろうとした瀬名を、椅子から立ち上がった彼が制した。
事務所最奥に位置する休憩室で、テーブルを挟んで向かい合う二人。
『食いながら』とは言われても、これから受けるであろう叱責を前に昼食を味わう訳にもいかず、瀬名持参の弁当の包みはほどかれぬままだ。
恐らく無意識の、眼鏡の奥の威圧感たっぷりの眼差し。
「え、えと…話というのは…」
必要以上の緊張感に耐えかねて、瀬名は思い切って尋ねた。
「北川…お前、あの事は言ってあるのか」
「………?」
あの事とはどの事?
しかも誰に?
即刻目の前の人物に問い質したい気持ちを抑える瀬名の、硬い表情がさらに強張る。
(…何の事だろう…重要な伝言とか頼まれてたっけ…)
背中に妙な汗をかきながら必死に思考を巡らせる瀬名の前で、星也は溜め息がちに腕を組んだ。
「北川の妹に、だ。少し前に言っただろ。『アイツを好きになるなと忠告しといてくれ』って」
「―――あぁ!その事ですか!なんだ、そんな…」
九分九厘、仕事上のミスへのお咎めだと思っていた瀬名は安堵の息を漏らした。
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