君の名は。【後編】

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「やっぱり、いいや。 ごめんね、変なお願いして」 水上が立ち上がった。 空になった皿とマグカップをキッチンのシンクへ運び、手際よく洗い終えると。 再び同じ位置で腰を下ろし、テーブルの傍らに転がった新聞を膝の上で広げた。 新聞に没頭している様子が窺えて、彼に話し掛けるのが躊躇われる。 ひたすらに沈黙が支配するリビング。 視線の行く先が新聞記事ばかりの水上の向かいで、瀬名は朝食の残りを黙々と口に運んだ。 (どうして、こんな空気になっちゃったんだろう…) 明確に、怒っている訳でも、すねられている訳でもないのに。 一層のぎこちなさが漂う気がするのを、自意識過剰と捉えるには空気が重たい。 彼が側にいてくれて嬉しい。 なのに、胸が苦しい。 今日は初めて彼と迎えた朝だというのに、こんな雰囲気になってばかりだ。 行為を拒んでしまったせい? 職場の上司の訪問理由を、きちんと伝えられなかったせい? 下の名前で呼べなかったせい? 彼がどうしたら喜んでくれるか、答えは列挙した要因をそっくりこなす、それだけだ。 解決策は見えている。 だけど、出来ない。怖い。勇気が出ない。 自ら築いてしまった壁の壊し方が分からない。 付き合う前の不安要素は、自分の裏側を伝えられない、ただそれだけだったのに。 どうして、自分を受け止めてくれた彼が近くにいる今の方が、より不安に押し潰されそうになっているんだろう。
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