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「やっぱり、いいや。
ごめんね、変なお願いして」
水上が立ち上がった。
空になった皿とマグカップをキッチンのシンクへ運び、手際よく洗い終えると。
再び同じ位置で腰を下ろし、テーブルの傍らに転がった新聞を膝の上で広げた。
新聞に没頭している様子が窺えて、彼に話し掛けるのが躊躇われる。
ひたすらに沈黙が支配するリビング。
視線の行く先が新聞記事ばかりの水上の向かいで、瀬名は朝食の残りを黙々と口に運んだ。
(どうして、こんな空気になっちゃったんだろう…)
明確に、怒っている訳でも、すねられている訳でもないのに。
一層のぎこちなさが漂う気がするのを、自意識過剰と捉えるには空気が重たい。
彼が側にいてくれて嬉しい。
なのに、胸が苦しい。
今日は初めて彼と迎えた朝だというのに、こんな雰囲気になってばかりだ。
行為を拒んでしまったせい?
職場の上司の訪問理由を、きちんと伝えられなかったせい?
下の名前で呼べなかったせい?
彼がどうしたら喜んでくれるか、答えは列挙した要因をそっくりこなす、それだけだ。
解決策は見えている。
だけど、出来ない。怖い。勇気が出ない。
自ら築いてしまった壁の壊し方が分からない。
付き合う前の不安要素は、自分の裏側を伝えられない、ただそれだけだったのに。
どうして、自分を受け止めてくれた彼が近くにいる今の方が、より不安に押し潰されそうになっているんだろう。
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