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テナントビルが建ち並ぶ一角に構えられた、際立って階数のあるガラス張りのオフィスビル。
社員用の通用扉の壁に掲げられた『イズミ建設株式会社』と記された金属プレートは、朝の陽の光を反射させていた。
「おはようございます。主任、今日は早いんですね」
水上が通用扉を開けると、自分よりも先に出勤していたとみえる女性社員―――薫の、溌剌とした挨拶を受ける。
彼女の手に握られているのは、ほうきとちりとりだ。
「ちょうど掃き終わったところです。通っていいですよ」
「ありがとう。助かるよ」
水上は薫の脇を通過し、自分のデスクがある営業課を目指した。
ふと、エレベーター前の針時計が目についた。
確かに薫の言う通り、定番の出社時刻より三十分は早い。
瀬名をアパートに送り届けるため、いつもとは違うルートを走って来たのだが。
渋滞を考慮して随分早く家を発ったものの、案外スムーズに各地に到着してしまったせいだ。
(…まだ一緒にいられたな)
もう少し瀬名と朝の時間を過ごせたのに、と。
愛しい彼女を思い浮かべながら、水上はデスクに通勤バッグを置いた。
立ったままの格好で、大きな溜め息が水上の口から意図せず漏れる。
業務に掛かる前に一息つこうかと、給湯室の方角に視線が送られた。
「コーヒー淹れましょうか」
「わっ、ビックリした」
突然降った、まるで思考を読んだかのような言葉に水上の肩が揺れた。
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