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振り向くと、五助が立っていた。
「何? 五助」
「僕は佐助です! 遣いの文を持ってきました。吉田先生の実家からの文も預かってます」
「そう」
「あの……」
「何?」
「ふささんからの文もあるのですが……」
「勝手に持っていけばいいよ。君宛てなんでしょ?」
「ありがとうございます!」
妹からの手紙など、多くは佐助宛てなのだからわざわざ僕に通す必要なんか無いのに。実家からの文も、実のところ貰いっぱなしで返事すら書いていない。
「ふささんが、小学を諳(そら)んじることが出来るようになったので是非吉田先生に聞いてもらいたいと、この前の文にそう書いてありました」
「そんなの何時萩に帰るか分からないのに」
「小学を諳んじることができるようになったのですよ? 女子でそんな方は滅多にいません」
「じゃあ今度帰るまでに、中庸でも読んでおけと書いておいてよ」
賢すぎる女は嫁の貰い手が少ないと聞く。
そもそも頭が良いのと賢いとでは意味が違う。頭がいい女というのは亭主の知らないところで狡猾と手玉に取っていることが多い。逆に、賢すぎる女というのは聡明なことを隠しきれずに亭主からのやっかみを受けやすい。
妹は後者に当てはまりそうだが、まあ、貰い手になりそうな奴が目の前にいるので、心配は無いだろう。
佐助はふさからの文を大事そうに抱きしめ、口元が心なしかにやけている。
〝好いているひと〟からの文というものは、そんなに嬉しいものなのか。
そう考えていると、先程までの自分を思い出し、苦笑いが込み上げた。
「そういえば、晋作は今何処にいる?」
「高杉さんなら、さっき久坂先生の部屋の辺りで見かけました」
晋作に次の辻斬りの予定を訊ねなければならない。僕は晋作の良いように動いてやらねば。
重い腰を上げて、そいつの元へと向かった。
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