恋ごころ。〔吉田目線〕

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しかし、実際には“あれ”が壬生狼に狙われる身となったことに変わりはないだろう。 となれば長州で保護した方が“あれ”が安全なのではないかと、僕と同じことを思っていた玄瑞が障子越しで問うと、晋作の口からは思いがけず、頑なに教えようとしなかった奉公先がぽろっと吐かれた。 『今、島原ではうのに監視を任せている』 ……島原。 まさか、島原で身売りさせてるのか? 晋作は、よしなにしている只の芸妓に任せたということか? 呆れて言葉が出てこない……。 自分が故郷を見つけてやるなどとほざいてたくせに、島原の芸妓の元に預けるなど、普通の神経じゃ考えられない。芸妓が在籍し、自らの芸を以て客をもてなす所とはいえ、本質はただの色街だ。 僕はてっきりちゃんとした奉公先を手配したものと思っていたのに、これじゃあ売りに出したも同然だ。 己の利益を優先し、邪魔になった者など後はどうなってもいいということだろうが、そこまで愚かな奴だったとは長い付き合いがあるとはいえ失望した。 胸の辺りで静かに怒りが渦巻いている中でも、障子の向こうでは話が更に進んでいく。取り敢えず話に集中しようと小さく息を吸い吐き出した。 落ち着き、話に聞き入ると、玄瑞は晋作の話を逸らすように、“あれ”の故郷の目処がついたのか? と晋作に訊ねていたところだった。 その声はらしくもなく皮肉混じりで、普段なら決して表には出さない冷たさが滲み出ていた。 その成り行きを見守ると、晋作はどうやら故郷の目処が立っていないらしく、それを最初から分かっていたかの様に玄瑞は『やはりそうでしょう』と少し語気を強めた。 それは、初めから故郷など存在しないかの様な言い方で、そんな玄瑞を僕は怪訝に思った。 『一体、てめぇは何が言いてぇんだ?』 やはり晋作が食ってかかった。それに対して玄瑞も、ありのままを話しているだけだと返した。 しかし腑に落ちない。玄瑞は一体何が言いたい?
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