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障子の向こう側での表情は見て取れないからはっきりとは言えないが、玄瑞は根拠の無いことは喋りたがらない。何かの推測を立てる時には必ず確証を得てから僕らに話そうとする。
こうやって晋作に話しているということは、やはり何か確信めいたものがあるのだろう。
『どういう事だ? 故郷がない? あいつは記憶喪失で故郷が分からないって言ってたと思うが?』
『記憶喪失は嘘ですよ。自分を守る為の』
「──っ!!」
まさか。これには驚いた。
故郷や親の顔、全て記憶がないと言っていた筈だがそれが全部嘘だったなど。
しかし何故だ? 何故嘘を言う必要があった? 間者として取り入るためか?
……いや、玄瑞がそのことを知っていた時点でその可能性はほぼ無い。
ならどうして僕らに嘘を言う必要があったのか?
故郷や親が分かっていたのなら、早々に家に帰ればこんな屋敷で僕に扱き使われなくて済んだものを。ここにいたい理由でもあったのか?
『おいおいおい、冗談じゃねぇぞ! あいつは俺に嘘をついてたのか!?』
僕が思考の渦に捕らわれている間にも向こうでは話は進み、晋作の驚きを含んだ怒声が聞こえてきた。そして、普段あまり見られない珍しく感情的な玄瑞の声も。
『身を守る為だったのですよ! おいそれと言えないでしょう? 自分は未来から来ただなんて』
──未来から来た?
『お、おい久坂、それは大真面目に言ってるんだよな?』
『ええ。私が嘘を言うとでも?』
──いや、待て。何を話している?
障子の向こうでは、現実では考えられないことを至って真面目に話されている。その様は傍から聞けば馬鹿馬鹿しい。ただ、ふざけ合って夢物語を言っているだけと思いたかった。
されど玄瑞は合理的で、こんな話をするために大事な時間を注ぎ込むような男ではないし、そんな男が晋作に話しているということは───
考えずとも分かる。
全ては事実なのだと。
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