恋ごころ。〔吉田目線〕

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「吉田先生!? あのっ! どちらへ!────」 すれ違った佐助には目もくれず、いや、それどころでは無かった。それくらい、今この一瞬一瞬が惜しかった。 “あれ”が出て行ってからこれまでの時間が、実に惜しくて、それ程までにその存在は大きかったことを思い知らされる。それは離れてみて初めて分かった感情だった。 誰か一人の為に、己の全てを捧げたい。守ってやりたい。 松陰先生のときに同じことを思ったが、それとはまた違ったもの。何処かじんわりと何か温かいものが胸の内から込み上げてくる。 僕にとって〝何か〟が変わる。 兎に角、早く、早く……! 屋敷の門を抜けて暫く走ると、急く気持ちとは裏腹に人の賑わいが増してくる。それは島原に近付くにつれて増えていくようだった。 ここ一ヶ月にかけて祇園祭がどうたらこうたらと九一がはしゃいでいたが、そんなものに興味はない。 島原に着く頃には辺りは人でごった返していた。皆一様に祭りのせいで気分が高揚しているのか、気を抜くと、熱気を纏った人の流れに飲まれてしまいそうになる。 まず、晋作が贔屓にしていた芸妓は確か……輪違屋にいたか? ここら辺はあまり来ないから、どうにも慣れない。九一なら聞けば一発でその所へ着いてしまうだろう。 兎に角、その輪違屋を目指す。 連なる置屋には暖簾があるだろうし、時間はかかるがその暖簾を頼りに見て行けば必ず見つかる。 「なぁお兄さん、ちょい休んでいきまへん?」 すれ違う度に女に声をかけられる。しかもその大半はその手の商売をしている女だ。睨みを効かせてその都度退けてはいるが、今はこんな手間をかけている暇など無い。 と、その時───
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