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「きゃあぁぁ!! 辻斬りやっ!」
僕の居る所から少し離れていた先で、女が手で口を覆い甲高い悲鳴を上げていた。その視線の先には、今まさに斬られた人がどさりと倒れた。
それを合図にしたかのように、つられて辺りからは悲鳴やら怒号が水が溢れ出したかの様に響く。
辻斬り……。
こんな祭りで浮かれている時に、人を斬ろうなんて神経を疑う。凡そ愉快犯だろうが、人が大勢いる場所で試し斬りでもしたかったのか。
一斉に四方に逃げ惑う人混みの中、こんな場所で道草などしていられないと、辻斬りが起こった現場から去ろうとした時、目の端にあるものを捉えた。
あるものと言えば聞こえは悪いが、つまり、“あれ”だ───。
僕が今、血眼になって探していた人物。
どうしても、どうしても今、手元に欲しいもの。
僕がじっと見ていることに気づいたのか、振り返りかけたその小さな顔はこちらに向いた。走っていたらしいその肩は小刻みに上下している。
人の流れでよく見えないのだろう。こちらを見つめるその焦点が合った時、大きな目をさらに見開いた。
何か、喋っている……。
口が何かを呟いているが当然聞き取れない。
やっと会えた。僕が今求めている者に。
その姿を見た途端、ほっと安堵感が込み上げた。ちゃんと食事を取っていたのだろう、少し痩せたとは思うが思ったほどやつれてはいない。
元気そうなその姿に安心した。
それと同時に、何故大事なことを僕に一切黙って勝手に出て行ったのかと問い詰めてやりたくなる。
僕が間を埋めるように近づくと、向こうは後ずさっていく。けれど逃がしはしない。
守れなかったと、何も出来なかったと後悔するようなことはもうしたくない。
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