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「──小春っ!!」
思わず口をついて出ていた。
心の奥底に押し込めていたその名前を口にした途端、何かの箍(たが)が外れた様な、どこか懐かしい様な気持ちが溢れてくる。
嗚呼、目の前の小春は今にも崩れ落ちそうに息も絶え絶えだ。
しかしこの手は今すぐにでも抱き留めてやれない。
近いようで遠いこの距離がもどかしい。人混みが鬱陶しく、容易に近付くことが出来ない。
倒れる前にこの手で───!
何としてもこの手で抱き留めてやりたいと思ったその時、小春の背後から黒装束の男が近付いた。
その男は寸の間、こちらに顔を向けると眉間に皺寄せたがすぐに顔を逸らし、ふらついて遂には気を失った小春を後ろから抱き留めた。
知らない男に連れていかれる訳にはいかない。
人混みの中でもがき手を伸ばすが、その甲斐なしに男は流れに呑み込まれるように消えていってしまった。
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