2708人が本棚に入れています
本棚に追加
***
あれからいくら辺りを探せど、それらしき人物は見つからない。晋作が小春を預けたとされる輪違屋にも顔を出してみたが、店の者は見ていないと言った。
まあ、当たり前か。手負いの人間を連れているとはいえ呑気に同じ場所に留まっているわけが無い。
あの黒装束の男……。
小春を連れていった黒装束の男は、小春を刺した男とは無関係な者の筈だ。小春が刺されたのを見て驚いた素振りを見せていたから。
刺された姿を見て咄嗟に助けた様にも見えた。ということは、悪意があって連れ去ったとは考えにくい。取り敢えず小春は無事だということだ。
しかし、知らない男に連れていかれたとなると話は別だ。
何故小春を連れていく必要があった?
僕の顔を見た途端、明らかに都合の悪そうな顔をしていた。奴の取った行動はまるで僕から小春を引き離したかったかのように思えた。
僕のいざこざで小春を連れ去ることを計ったか、若しくは小春の知り合いか。
僕を狙った輩なら、身辺をそれなりに探る中で小春と僕に何かがあったことは分かっていた筈だ。わざわざ狙うわけがない。
小春の知り合いが連れ去ったとなれば……。
しかし未来から来た小春に、この時代の知り合いは居ないはずだ。
───いや、全く居ないとは限らない。つまり……。
あぁ、周りの浮かれた声が鬱陶しい。
思わず舌打ちしてしまう。
ついさっきまで辻斬りが出て人々は悲鳴を上げていたというのに、今は祇園祭に夢中だ。こんな場所で考え事などしたくない。
取り敢えずそこで一旦区切りを付けて、長州の屋敷に戻ることにした。晋作を責めることはお預けにして、早急にこの事を伝えることが優先だ。
最初のコメントを投稿しよう!