恋ごころ。〔吉田目線〕

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「栄太郎、勘弁してあげて下さい。晋作に引き続きまた五月蝿いのが増えたでしょうが」 九一の頭をぽんぽんと叩きながら僕が悪いとでも言いたげな玄瑞だが、何気に一番酷いのは君の方だ。ほら、九一がこの世の終わりみたいな顔をしている。 「ちょっ、入江さん引っ付かないで下さいよ!」 挙句、玄瑞に裏切られた九一は今度は佐助に擦り寄り始めた。 あぁ、目障りだ。そもそもこの二人は小春の秘密を僕に黙っているような奴等だ。気を遣う必要が一体何処にある。だいたい、小春が未来から来たことを僕が知っていれば今頃こんなことにはなっていなかったかもしれないのに。 その時。収拾がつかなくなったこの状況で、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきて、この場にいる者が一斉に我に返り耳をすました。 その足音はこの部屋の前で止まり、無遠慮にも勢いよく開かれた。 「何事ですか!」 部屋の主である玄瑞が、礼儀を弁えないそれに向かって冷たく咎めた。どうやら、連絡役の小姓が急ぎの用事を伝えに来たらしい。にしても、長く務めているにも関わらずその小姓は礼儀を忘れてしまう程大いに慌てているらしい。 何かあったか? 「はぁはぁ、久坂さんっ、文です………」 肩を大きく揺らし、息をするのもやっとなくらいの小姓が、手に持っていた文を玄瑞に渡した。 その文を渡され、読むや否や、普段顔色をめったに変えない玄瑞の顔が見る見るうちに青ざめていくのが分かった。 「おい久坂どうした?」 晋作が尋ねるが、文から目を離そうとしない。ようやく全て読み終わった時、文を静かに畳んで顔を上げ、落ち着き払った声で話し出した。 「どうやら、朝廷で一悶着あったそうです──いえ厳密にはこれから起こると……」 「──え!? 何があった!? おい久坂、早く聞かせろ!」 「松平容保ら会津藩と薩摩藩が結託して、尊攘派を排除しようと中川宮を唆した様です。しかし、まだそれが御上の元へ通じたのかどうかは不明だと」 確か中川宮は尊攘派を忌み嫌っていた。もし会津と薩摩の計画を中川宮を通じて御上がそれを受け入れたら……。考えずとも長州がこの京で大手を振って歩けなくなるということは分かる。
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