恋ごころ。〔吉田目線〕

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ふと気がつけば夜更けだ。あと数刻もすればお天道様が昇り始め新たな一日が始まる。小春を探し回っていたせいかそんなことにも気が付かずに時の感覚を忘れていた。 会津と薩摩の計画が中川宮で現在留まっているのだとしたら、夜明けには御上の元へいの一番に行くだろう。 つまりは、もう手の打ちようが無いということだ。それをこの中で一番に理解しているのは玄瑞だけ。 「栄太郎、残念ですが小春さんは一旦諦める他無いでしょう。これから長州は慌ただしくなる。皆萩に帰るしかなくなるでしょう」 「諦めるつもりは無い。それに初めから壬生狼へは僕一人で行くつもりだった」 「そうだとしても、今回の件で長州は京を闊歩出来なくなるのかもしれないのですよ? 無謀です!」 「だったら抜ける迄だ」 「───抜ける? まさか、本気で言っているわけでは無いですよね?」 「長州藩士として京を歩き回れないのだとしたら、藩を抜けるしかないね」 僕のその言葉に、この場にいた者全員が目を見開いて驚いた。いや、詳しく言うと玄瑞と晋作の二人を除いてだ。二人は何か予想していたかのように静かにただ眉間に皺寄せるだけ。 「栄太郎、言っている意味は分かってるんだよな? 藩を抜けたらそう簡単には戻れねぇ。小春を連れ戻してまた戻りますとはいかねぇんだぞ?」 晋作はそう言ったがそんなこと重々承知だ。脱藩すれば罪人になり、戻ったとしても牢屋行きになるのは確実。けれどそんな危険を冒してまで僕は小春を迎えに行くことに価値があると思っている。 今の僕に世情など関係ない。 「あ、あのっ!! 吉田先生が抜けるなら僕も一緒に付いていきます!」 「佐助、君は玄瑞の元にいなよ。わざわざ僕について来る必要はない」 「いえ、ついて行きます!!」 「あのね、君のそれは僕を気遣ってのことだと思うけど、正直君の力を借りるほど僕は落ちぶれていない」 「いいえ、僕は僕の意思で吉田先生について行くのです。僕自身が決めたことです!!」 全く……、一体誰に似たのか。玄瑞は僕に似たと言い張るが、どう見ても頑固なところは小春そっくりだ。だからきっと僕が何を言おうとも考えを変えたりしないだろう。 だったら、はったりでも何でも使って宥めるしかない。
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