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「長州に何があったか詳しく存じませんが、私はこのまま萩に行くことなど出来ません」
「おい! うの!」
「うん、それが一番じゃないかな。預かってくれと任されておきながらこの様じゃあねぇ」
晋作の横からの視線が痛いが、僕は何も間違ったことは言っていない。人を預かった身としての責任を果たさずに萩に逃げるなど虫が良すぎるではないか。
「栄太郎、言い過ぎだ! うのは何も悪くない」
「あぁー出たよ、大事な女を庇う発言。まあ元を正せば晋作がこの事態を招いたわけだから、君のせいだよね」
「んだと!? お前だって人のこと言えないだろ! 今だってこうして──」
「小春の部屋はここ?」
「ええそうです」
「──っておい! 人の話聞けよ!!」
後ろの五月蝿いのを横目に小春が生活していたという部屋に入り見渡すと、相部屋では無かったにしろ三畳程しかない小さな部屋だった。陽の光が少し入るばかりで昼間でも若干薄暗く、此処に居るだけでも気分が鬱々としてくる。
こんな所で生活していたのだと思うと、それだけで後悔が押し寄せた。
ふと目に入った、粗末なありあわせの文机には、一枚の紙切れが綺麗に畳まれて置いてあった。もしやと思い、広げて中を確認すると。
「それなんだよ?」
「小春の置き手紙だ」
「なんて書いてある?」
内容は、此処に居ることが耐えられなくなったので勝手に出て行くことを許して下さい、と書いてあった。
しかし妙だ。この文、不自然でしかない。
「おい、この手紙……」
真横から僕の持つ文を覗き込んでいた晋作も、不自然なところに気づいたみたいだ。何が不自然かというと。
「俺は小春の字を二度ほど見たことがある。だけどあいつはこんな達筆じゃなかったぞ。それに……」
「小春は鉛筆でしか文字を書かなかった」
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