八月十八日。〔吉田目線〕

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ということは、誰かが小春を装ってこの文を書いたことになる。部屋の荷物も確認して貰ったが何一つこの部屋には残っていなかったという。一体誰がこの部屋から荷物を持ち出して、この文を置いていったのか。 するとこの部屋に、一人の若い娘がこちらの様子を窺いながら恐る恐る入ってきた。 「姐さんすんまへん」 「桜! こんな刻限にどうしたの?」 「誰?」 「私付きの振袖新造です。この子に片桐さんの身の回りの世話を任せていました」 おどおどした様子で入ってきたその娘は僕を見るなり更に怯えた様で、話したいことがあるから来たはずなのに、暫く話し出す気配が無かった。 「用が無いならあっちに行ってよ」 「栄太郎、その言い方はねぇだろ」 晋作の連れが、桜という娘に話したいことがあるなら話しなさいと背中に手を添えながら促した。 「実は昨晩───」 桜という娘は皆小春を探しに出払っていた中で留守番をしていたという。皆探し回っているのに自分だけ何もしないのは嫌だったから、小春の部屋に何か手掛かりがないか見に行った。 すると。 「片桐はんの部屋に、知らん男がおったんどす」 暗闇の中、灯も付けず月明かりを頼りに目を凝らしてみると、小春の部屋の中で男が何やらごそごそと動き回っていたらしい。 その男はこちらに気づく気配もない。 とにかく怖かったので、一度その場を後にしたという。そして少し経った頃にもう一度部屋を覗くと、小春のあった筈の持ち物が全て持ち去られていた。 「桜、どうして昨日の内に言わなかったの?」 「姐さん堪忍え。うちは只の物盗りや思うて……」 例え物盗りだとしてもずさんだ。背後に隠れている人の気配にも気づかないとなると、よっぽど頭の悪い愚鈍な物盗りか、それとも玄人が気が動転していた中での行動なのか。 ただ、置き手紙があった時点で計画性が感じられるから、そこらにいる物盗りの犯行ではないことは確かだ。 つまり、小春を連れ去った人物になる。
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