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するとその時、この部屋の襖が開けられ、息を切らしながらやって来た人物がいた。
「吉田先生!」
「虎助……! 何しに来たの」
「佐助です! 急ぎの文を持って来ました」
「君はもう僕の小姓じゃない。今更何の用?」
「これが吉田先生の小姓としての最後の仕事です! 久坂先生から文を預かって来ました」
玄瑞が寄越したという文を、肩で息をする佐助から受け取った。その文を広げながら気になっていたことを訊ねる。
「よく此処に居るって分かったね」
「何年吉田先生に仕えてると思ってるんですか? 吉田先生の行動範囲や行きそうな場所はある程度分かります」
「ふん」
僕に言い返すだなんて生意気になったものだ。しかしその反面、いつの間にか佐助が成長していたことがほんの少しだけ嬉しいと思った。
玄瑞の文を広げて中を読むと、一行だけ書いてあっただけで他には何も書いていない。
「内容はこれだけ? 玄瑞は何か言ってなかった?」
「あの状況ではこれしか認(したため)められなかったのです。後はこれだけ書いておけば吉田先生ならどうすれば良いのか分かるはずだと」
「そう」
実際、玄瑞の文にはこう書かれていた。
『御所を守る警備兵の中に壬生浪士組がいた』と。
たったこれだけのことでは何も役に立ちはしない情報だが、しかし玄瑞は僕に言えば分かる筈だと言った。いや、この情報を役立てろということか?
三月に会津藩預かりになったばかりの、未だ功績すらも噂で聞いたことがない壬生浪士組。そんな奴等が今回の政変で駆り出されたとなると、働きが評価されるだろう。
初めての大きな功績に、奴等は一体どうなるだろうか。無論、大いに喜び、浮かれるだろう。そしてまずこれを祝う為に宴を開こうとする。勿論、初めての功績故に盛大にしたいから芸妓を呼んで華やかなものにしたい。
ということは壬生浪士組がこの度の政変の後、次に行動をするとなれば、きっと僕が今現在いる此処の花街に現れるだろう。
しかし、これは単なる憶測に過ぎない。
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