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ゆっくりと瞼を持ち上げると、ぼやけた視界に入ってきたのはほの暗い天井。この部屋の明るさからして障子が閉め切られている。
声のする方へ私が顔を傾けると、案の定少し懐かしい顔馴染みがこちらを心配そうに見つめていた。
「小春ちゃん? 具合はどう?」
「お、お千代さん? どうして───」
まずどうしてこの人がここにいるのかという疑問が頭に浮かんだ。だって、お千代さんは故郷に帰るからと言って長州屋敷の女中をやめたと聞いた。
なのに何故私の目の前にその人はいるのだろうか。
「その話は後で」
しーっと唇に人差し指をつけてウィンクをしたお千代さんは、具合はどうかと訊ねてきた。どうかと言われたら少しだけ体が怠い。それに腹部がほんのり熱いような……。
「そうだ、私……!」
「そうよ、貴女は刺されたの」
刺されたことを思い出し、反射的に刺されてるはずの腹部を押さえた。当然返ってくるはずの痛みに備えて顔をしかめたけれど、何故だか痛みが全く無い。いや、正確に言えば傷など初めから無かったかのように痛くない。
あれ?
本能的に何かがおかしいと感じた私は、薄い襦袢の袂から手を入れて傷があるはずの所に手で触れてみた。
「えっ……」
つるつるだ……! でこぼこも何も無い。
それに私は前に一度刺されたことがある。だから傷跡として少しぷっくりと隆起した一本線がお腹にあるはずなのにそれすらも無い。
い、一体どういうこと!?
「小春ちゃん? どうしたの?」
「あ、あのお千代さん……傷って、一瞬で消えたりしますか?」
傍から見ればなんて馬鹿馬鹿しい問いだと思うだろうが、お腹を触って動かないままの私に、何か異変を感じたようでお千代さんは傍らにいた男の人に部屋から出て行くように言った。
「ほらみい! 僕が言った通りやんか!」
「しっ! そんなことあるわけないやろ! すーちゃんええから、部屋から出てって。小春ちゃんと女同士積もる話があるさかい」
『ちぇっ』とすーちゃんと呼ばれていた男の人は唇を尖らせながら渋々部屋から出て行った。
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