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「───さてと。続きを話しましょうか」
関西の言葉と普通の言葉を巧みに切り替えるその人は、着物の裾を手で馴らし居住まいを正して私に向き直った。
そんなことあるわけないとお千代さんは男の人と話していたけど、わざわざ追い出したあたり何かを感じ取ったのだろう。
「傷……やっぱり無いのね?」
「はい」
「やはり……」
「あの、私が刺されてからのことを詳しく教えてください! ここは一体どこなんですか?」
「ここは壬生浪士組の屯所よ」
「壬生浪士組の?!」
倒れる前の断片的な記憶を辿ると、確かに関西弁を喋る男の人に抱き留められてそこで意識を失った。その抱き留めてくれた人がさっきの男の人だとすると……。
あ、待って。
私はその少し前に男の人と会ってる。一緒に付いて来いと何度もしつこくうるさくて、確か壬生浪士組の山……山崎、えっと、名前が出てこない。さっきお千代さんにすーちゃんとか言われてたけど、まあいいや。
「なるほど……。大体は把握出来ました。けど、ひとつ疑問に思うことがあります。どうしてこの壬生浪士組の屯所にお千代さんがいるんですか? それにさっきの山崎なんとかさんとも親しい仲みたいだし」
何よりもそれが私が一番気になって不思議に思ってることだ。長州のお屋敷で働いていた人が、故郷に帰ると言って辞めたはずなのにどうして相反する壬生浪士組にいるのか。
「さっきの人、幼馴染なのよ。里が同じでね、小さい頃から共に色々学んできた。それに私の名前はお千代じゃないわ───蝶々。それが本当の名前」
「蝶々?」
「ええ。今まで騙していてごめんなさい」
そう言って深く頭を下げた。
さっきの関西弁で喋ることも然り、私が今まで見てきたお千代さんは、ほんの一部分にも満たなかったのだと改めて気付かされた。
それでもやはり、これは何か理由があってのことだと信じたい自分もいる。だから今の私にはお千代さんを責めることなど出来なかった。
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