八月十八日。〔小春目線〕

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「何故口を出すのかって顔してるわね。……何故今になってこの事を思い出すのかは分からないけど、私の故郷は農村だったの。けれど裏では水破(すっぱ)と呼ばれる諜報活動もしていた。その為に幼い頃から私とすーちゃんは色々と親に教え込まれたわ。武術、体術、話術、読心術。本当に色々なこと……」 そう言って私から視線を外して話し出したお千代さんは、感情のこもってない顔をしていたけど、その端々からは何か辛そうなものが見受けられた。 「生まれた時から親が決めた道を歩くのは辛かったわ。私は水破としての技術を教わりたくなんか無かったし、そんなことよりも料理や裁縫をしてる方が楽しかった。女として生まれたからには女の幸せを感じて生きたかった」 「でもそれは、今はお千代さんには山崎さんがいますよね?」 「すーちゃんは私の許嫁だと言っているけど、あれは特別よ。あの人は私のことを分かった上でそう言っているだけ」 そうは見えない。少なくとも私にはそう見えた。 けど目の前のこの人を見てると、そんなこと私の口からは言えなかった。 「自分の気持ちを偽って生きるのはとても辛いことよ。自分自身を否定してるも同じ……」 そう俯いて話すお千代さんの瞳には光がなく、あったとしてもとても弱々しいものだった。初めて見るお千代さんの姿。きっと今までに見てきたお千代さんはすべて取り繕っていた姿なのかもしれない。 「私が言いたいことは、小春ちゃんには自分の気持ちに素直になって欲しいの。このままその気持ちに見て見ぬ振りをして生きていくのはとても辛いことだから」 「お千代さん……」 「あなたには選ぶ権利があるわ。このままここにいるのか、それとも今すぐ吉田先生の元へと戻るのか。どちらを選んだとしても私は小春ちゃんに全力で協力するつもりよ」 ここでやっとお千代さんの真意が分かった。 壬生浪士組に、私が未来からきたことを報告しなかったのはこれがあったからだ。 「でも、そんなことしたらお千代さんの立場が悪くなります」 「そんなこと気にしないわ。壬生浪士組の監察方の前に私は一人の女ですもの」 そう言って軽くお千代さんは微笑んだ。
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