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子供かよ……。
そんなことを思っていると、お千代さんに向けていた顔とは打って変わった顔の山崎さんが「あ、そうや」とこちらに振り返り、意地悪な笑みを浮かべて私を見てきた。
「消えるついでに言うとくけど、あんたの簪、何で消えたんやろうなぁ?」
「え!?」
簪が消えた?
今言っているのは長州の屋敷から出て行くあの日、久坂さんから手渡された簪のことだ。それ以来私は肌身離さず持っていた。
そう言われて着物の袂に手を入れようとしたけど、今は襦袢姿ということに気づいて手を止めた。
「あの、お千代さん私の荷物の中に簪は無かったですか?」
「簪は無かったわね」
「せやから、消えた言うてるやん!」
「消えたってどういうことですか?」
「あんたの荷物取り行った時、文机の上に置いてあったんそれが、俺の、見ている、目の前で、消・え・た・ん・や!」
そのわざとらしい言い方にイラッときたけど、そんなことよりも簪が消えたと言っていることが気になった。実際、嘘を言っているようには見えない。
第一、お腹の傷が消えている時点で、簪が消えたことも可能性が有り得ることだった。
「すーちゃん、見間違えたんよきっと。 もしかしてやけどそん時、吉田先生に見つかるやないか思うて慌てていたんと違う?」
「そ、そないなことあるわけないやろ!」
「どうやろうなぁ」
そう言ってお千代さんはジト目で山崎さんを見つめている。言われた山崎さんは動揺し始めたので、私も追い打ちをかけるように小馬鹿にした。
「分かりますよ、吉田さんが怖かったんですね」
「ち、違うわ阿呆!」
「いやぁ、あの人を怒らせるととんでもないことになりますからねぇ。大丈夫ですか? 思い出してちびってないですか?」
そう言った途端、反射的に山崎さんは大事なところを押さえていた。それを見て私とお千代さんは小さく吹き出した。
「ぷっ」
「ば、馬鹿にすな!! お前は知らんからよう言えるんや! あの男は、人やのうて獣なんや……」
何かを思い出したように、山崎さんはぶるっと震えて自分の体を抱きしめている。この様子だと、吉田さんこの人に何かしたことあるんだろうな……。
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