八月十八日。〔小春目線〕

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「私にはそんな価値などありません……」 土方さんのお酒を呑む手がぴたりと止まった。と、同時に庭先から響いていた鈴虫の音が鳴り止む。 「私は人質なんですよね? 吉田さんをおびき出す為の。でも吉田さんはきっと来ませんよ……」 自分で言っていて胸が痛い。その痛さと連動して喉の奥がきゅうっと締め付けられて最後の方は声がかすれていた。 「何故そう言い切れる?」 「それは、吉田さんが私を見放したからです」 明確には言われていない。けれど関係が決裂したあの時の吉田さんの視線を思い出すと、そう思わざるを得なかった。 「あのな俺は、賭けをしていたんだが──」 「賭け?」 「ああ。お前で釣って吉田がまんまと姿を現すことに賭けていたんだが、今の話を聞いても尚その考えは変わらない」 「なんで……」 「自分が思うよりも、人はお前を必要としているもんなのさ。どんな理由であれ利用する目的があったとしても、斎藤や俺はお前を必要としている。それは吉田も変わらないはずだ」 「なんでそんなこと言えるんですか。実際会ったこともないくせに」 「こりゃ何回言っても無駄だな。俺が言いたいのはだな、つまり、自分を卑下するなってことだ。私は見放されたから価値がないとか言っていたが、お前の価値を決めるのは周りにいる人間だ。そんでもっと言うと吉田の聞いた限りでの性格上、お前を易々と手放すことはしないと俺は思う……って、何で俺は励ましてんだよ馬鹿か」 土方さんのセルフツッコミを右から左へ受け流しつつ、今の言葉を頭の中で反芻した。もしそれが本当だとしたら、昨晩の島原に来ていた吉田さんの行動はもしかして……と淡い期待をしてしまう。
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