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いつの間にか眠ってしまった。
長持の上で猫のように丸まって寝ていたので、全身凝り固まってしまってとにかく痛い。少しストレッチしてから辺りを見回すと、真っ暗闇だったはずの蔵の中に、いつのまにか日差しがほんの少しだけ差し込んでいた。
寝起きだからなのか頭が働かずにただぼーっとしていると、外から誰かの声が聞こえてきた。
「小春さん!」
誰かに呼ばれたその声で寝ぼけた私の思考は、一瞬で昨日の出来事を思い出した。
「小春さん!」
女の人の声。これは確か──
「お小夜さん?」
蔵の扉まで行って、外にいるであろうその人に声をかけたけど返事は意外な所から返ってきた。
「小春さんここよ!」
お小夜さんが、蔵の扉の右斜め下からひょっこりと顔を出している。それにしても驚いた。あんなところに小窓があったなんて。
「お小夜さん! どうしたんですか?」
「これ」
そう言って渡してきたのは、塩おにぎり二つ。昨日からお腹ぺこぺこだった私は食べてもよいか確認してからそれを目一杯頬張った。
「この小窓ね、お仕置きで閉じ込める時に、食べ物や飲み物を差し入れるためにあるの」
言いながら軽く微笑むお小夜さんの話はたわいない。けれど、どこか感じた違和感。
「お小夜さん、私に差し入れする所を見られると色々とまずいんじゃないですか?」
「もういいの」
「え? 何がもういいんですか?」
「私のせいで小春さんがこんな目に……」
「やだなぁ、こんなのどうってことないですよ!」
隊士達への仕返しのせいで私がこんな目に会っているのは自分のせいだとお小夜さんは言っているらしい。
「お小夜さんのせいじゃないですよ。元はと言えば私が言い出したことだし、自業自得です」
「違うの……」
「え?」
「……」
「お小夜さん?」
「ごめんなさい。わ、私のせいなの。全部私がやったことなの!」
それって……。全部ってつまり、土方さんのことは全てお小夜さんがやったことだっていうの?
その時。
「やーっと吐いてくれたか」
お小夜さんの後ろから土方さんがやってきた。正確には姿が見えないので声だけ。お小夜さんもこれには驚いた様子だったけど、直ぐに自分の置かれている状況に気づいて、顔を俯かせた。
私は小窓からしかこの状況を見ることが出来ないので、土方さんだけかと思いきや後方にも何人か隊士がいるみたいだ。
「どういうことだ? 何故やった?」
「それは……」
「全く、ろくでもねぇ女だな」
私には分かる。土方さんに何故こんなことをしたのか。だからお小夜さんがやったって分かっても責めるつもりはなかった。なのにこの男は……!
「土方さん、分かんないんですね」
「おめぇが口出すことじゃねぇだろ」
「私にはお小夜さんがやった理由分かりますよ。いーったいほど分かります。貴方の態度ですよ」
「ああ? 俺の態度の何が悪いって言うんだよ。そもそも人質が口出していいことじゃねぇんだ、引っ込んでろ」
「あー、それですよそれそれ、そういうところ。人が話してるのに聞きもしないでまともに取り合ってくれないそれ! いいですか? お小夜さんは貴方に今まで何度も、隊士達の嫌がらせを止めてくれって頼んでたんですよ? それなのに、相手にしないで挙句の果てにはお小夜さんが悪いって? ふざけないで下さいよ!! そもそも、貴方が隊士達をきちんとまとめ上げられないからこんな事になってるんでしょうが!」
「小春さん、もうやめて……」
「それともなんですか? 自分が隊士達をきちんとまとめ上げられなかったから、わざと揉み消すような事言ったんですか?」
「小春さん……」
「お小夜さん! 言いたいこと言わないとダメだよ! 言わないとあの人分かんないんだよ!」
「もういいの。私が、毒を副長さんに盛ったことは事実だから……」
「でもっ!」
これじゃああんまりだよ。お小夜さんだけが責めを受けるだけ。土方さんは今回の件があってもきっとこれから変わりはしない。
「悪かった」
え?
ぽつんと呟かれたそれに、お小夜さんと私は聞き間違いではないかと、なんども瞬きを繰り返す。
「今なんて?」
「二度は言わねぇ」
「だけど──」
「今回のことでお小夜を責めるつもりはねぇ。勿論、役所に突き出すこともねぇ。あの隊士らは除名処分にする。今後は管理を徹底するとしよう」
もっと反論してくるかと思ったのに、意外にもあっさりと自分の非を認めた土方さん。この判断に周りの人も少し動揺しているみたい。もちろん私も。
ただ、私が思っているよりもこの人は、自分の偏見を他人に押し付ける人ではないみたい。
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