だし巻き玉子事件。

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土方さんは「最後に」とお小夜さんに尋ねた。 「一つだけ教えてくれ。俺に盛った毒は一体なんだ? 原因はだし巻き玉子でもねぇ。最近頼んで出して貰ってた粥かと思ったが、昨晩は粥じゃないしそれも違う。一体どこに毒を盛った?」 「そ、それはお茶です……」 「いや、おかしい。あの後膳にあがったもの全部を調べさせたが毒は入ってなかった。どういうことだ」 「ごく少量を混ぜていました。毎日、食事がある度に気づかない量を土方さんのお茶に……」 そんなことってあるの? 私と同じことを思ったのか、土方さんが後ろにいた山崎さんに問うと、毎日少量を摂取していく内に体に毒が溜まって、ある日突然症状が出てくることがあると答えた。 そういえば最近、女中さんが土方さんはお腹の調子が悪いと言っていたっけ? あれも前兆だったのかもしれない。後から分かったことだけど、お小夜さんは決して土方さんを殺めたくてやったわけじゃないみたい。少量の毒を手に入れたお小夜さんは、少しでも腹いせになればいいと、毎日少量をお茶に含ませただけで、昨日の夜みたいな酷い症状が出るとは思っていなかったらしい。 とりあえずこれで一件落着した。 私も疑いが晴れたことだし、すぐにでも蔵から出してくれるはずだ。ほっと胸を撫で下ろしていると、みんなが何事もなかったように引き上げていこうとしている。 「あの! 疑いも晴れたことだし、私をここから出してくれるんですよね?」 ああ、そうだと、忘れてたかのように土方さんが踵を返して、私は小窓からそれを見上げる。 「悪いな、お前にはもう暫くそこに入っててもらう」 「え? ちょっと、それはまた話が変わってきません?」 「そうだな、話が変わってくるな」 「私は犯人じゃなかったんですよ。だったら出してくれてもいいじゃないですか」 「そうもいかねぇのさ」 「あ、ちょっと! 待って!」 嘘でしょ!? 疑いが晴れたのになんで出してくれないの!? ていうか、私が土方さんに結構ズバズバ言っちゃったから怒ってるの? もうわけがわかんない。 *** それから丸一日。陽が落ちてしまった。蔵の中は、ぼんやりだけど月明かりが入ってきて辛うじて周りが見えるくらいに暗い。 さすがに二晩もここで寝るのは嫌だ。さっきお小夜さんが夕餉を持ってきてくれたけど、私が何故蔵から出られないのかは、お小夜さんにも分からなかったみたいだ。 今夜もここで寝るのかと、覚悟を決めていた時だった。蔵の外で南京錠をカチャリと外す音が聞こえてきた。そして扉が開かれて、行灯の光が目に入ってくる。暗闇に慣れていた私の目はしばらく眩しくて、誰が入って来たのか分からなかったけど、声を聞いて誰だか把握した。 「よお、今朝方振りだな」 入ってきたのは土方さんと山崎さん。その後ろには一さんと沖田さん、お千代さんまでもがいた。 揃いも揃って一体何しに来たんだろう? どうして私は蔵に閉じ込められたままなの? 一体これから何を言われるのか、この場にいる人達の雰囲気はいつものそれとは違って、みんな口を真一文字に結んでいる。口火を切ったのは土方さんだ。 「単刀直入に言うが、昨日山崎から報告があった。ある隊士から包みを受け取ったらしいな?」 包み? そんなの受け取ったっけ? えと、確か……。 「あ──」 「図星みたいだな」 でも、昨日のごたごたで中身を確認する間もなく蔵に閉じ込められたから、何が入った包みなのかは分からない。 「その隊士、何処で紛れ込んだのか知らないが、うちの隊士じゃねぇ。一体誰だ?」 「え?」 「しらばっくれるつもりか? まあ簡単に口を割るとは思えないしな」 「いやいやいや、待ってください! どういうことですか? 私だってあの人知らない人でしたよ!?」 「そんなの口ではなんとでも言えるだろ」 「本当です! 急にやって来て、包みを出されて、でも誰が持ってきたのかも分からなかったから、いらないって言ったのにあの人勝手に──」 私の様子を訝しむ土方さん。だけどこれは本当のことだ。土方さんは隣にいた山崎さんに確かめると、断言は出来ないが言っている通りの様子だったと答えた。 「まあそんなことはどうでもいい。問題はその包みの中だ。お前は中に何が入ってたのか知っていたか?」 「いえ。確認する前にここに閉じ込められたので」 一体それがなんだというのだろうか。中身が何か問題のあるものだったのだろうか。大きさ的にはそれほどなかった。 「それだ」 そう言って土方さんは、私の足元にそれを投げてよこした。暗くて一瞬何か分からなかったけど、よくよく見てみれば、それは現代にいた時に馴染みのあったもので、どうしてこんなのがここにあるのかと驚きで思考が停止してしまった。 だってこれ……。 「その様子だと、これが何か知っている様だな」 なんで日本史の教科書がここにあるの? どういうこと? だって、じゃあ、これを私に預けようとしてた人って── 「一体どういうことだ? この書物は何だ?」 「……」 「黙ってないで何か言え」 「……そ、それは私のじゃないです」 「裏表紙の内側に名前が書いてあるが?」 「え、うそっ!」 急いで裏表紙を確認する。そんなわけないと。だけど、そこには確かに『片桐小春』と書かれていてその字は紛れもなく自分の字だった。 なんで私の教科書が……。 「どういうことだ? ここに居る者はお前のその書物が一体何なのかさっぱり分からねぇ。寧ろ、世の中の先の事まで書いてある気がするんだが」 「……知りません」 「知らねぇ筈がないだろ? お前の書物なんだから」 ああ、どうしよう。もう薄々気づかれている。私が未来から来た人間なんだって。 土方さんの後方にいたお千代さんを見ると、首を横に振っている。これはもう観念するしかないと。
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