だし巻き玉子事件。

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「それは確かに私の教科書です……」 私が喋り出すと、みんなが一斉により注目するのが分かった。一さんも沖田さんも聞いている。 「そんで、何でこれがお前のなんだ?」 「言わずとも薄々気づいているのでは?」 「お前の口から聞くまでは、信じることは出来ねぇ。いや、こんなこと到底信じられねぇ」 一さんが身を乗り出した。 「土方さん、それでは本当に……!」 その視線はやがて私に行き、確かめるようなそれに対して、私はゆっくりうなづいた。 「長州の奴らは知ってるのか?」 「いえ、知りません」 「吉田も?」 「はい。話して、はいそうですかって納得するような人ではないので」 そう土方さんに答えたけどみんなの視線が痛い。そんな簡単に信じることは出来ないのだろう。お千代さんだけは眉をへの字にして、心配そうにこちらを見ている。 「副長、どないしはります? 吉田は脱藩、高杉らも長州に引き上げました。もうこいつの利用価値は無いも同然」 脱藩? 吉田さんが? どうして? 「いいや、こいつには利用価値がまだ有りそうだ。未来が分かる。どうせなら利用出来る所まで利用してやりゃいい」 そう言う土方さんの視線がとても鋭い。どう利用されるのか、考えただけでも怖い。だってもし、私が何かこの人達に言おうものなら万が一にも未来が変わってしまうことだってある。そしたら、私という存在も無かったことになるかもしれない。 一体どうすればいいの? もう言うこと聞くしかないのかな……。 吉田さんは脱藩してしまって、高杉さんも長州に戻ってしまった。きっともう誰も私のことなんか忘れてる。 自分で決めたことなのに、あの時出ていかなければ良かったと、今さらになって後悔している。出ていかなければ、ここでこうしてバレることも無かったのに。利用されることだってなかったのに。 「利用するのは反対です」 「斎藤、お前って奴は──」 「未来がどうなるか聞かなくとも、俺達の志しは通せます。これから起こることを予測して動いて、何になるっていうんですか? 俺はただ逃げているようにしか見えません」 「一くんの言っている通り私もそう思います。未来が分かった上で動くなんて、つまらないじゃないですか。それとも土方さんって、意外とタマが小さいんですかねぇ?」 「総司てめぇ……!」 「とりあえず土方さん、そういうことでいいですよね? 小春も、ずっと周りに言えずに一人で耐えてきたのにそんなことさせられません。それに、そんなに未来が知りたければ、その書物があるじゃないですか」 「くそっ。どいつもこいつも──んなもんいらねぇよ!」 一さんの言葉に、土方さんは床に転がっていた日本史の教科書を思いっきり蹴って、あとで燃やしとけと山崎さんに言付けていた。 ていうか、私のなのに、私の許可なく燃やしちゃうんだ……。 それよりも一さんと沖田さんは私を庇ってくれた。今まで秘密にしてて、いわば二人を裏切ったも同然なはずなのに。見ると沖田さんなんかはウィンクなんかしてこちらを見ている。 「おめぇも、明日からいつも通り働け。くれぐれも言動には気をつけろよ」 「……はい」 「せやかて、副長。こいつの人質としての価値が見いだせへん今、始末した方が──」 「吉田をおびき出せないと?」 「吉田は脱藩しました。きっと自分の身可愛さにこいつのこと見捨てたんですよ。長州のもんでもないあいつはただの浪人に過ぎません。そいつを捕まえたところで──」 「俺は逆だと思うけどな。それに、脱藩して浪人になったとしても同じ、辻斬りの下手人はあいつだ。こちらに捕まえる口実があるのだとしたら、切り捨てるにはまだ早い」 そんなことない。吉田さんが脱藩したのは、政変で逃げるからじゃないの? わざわざ危険を冒してまで、私の所に来るような人じゃない。そもそも私のことなんか探してもいないんじゃ……。 島原でのことが蘇る。一瞬でも期待を持ってしまったけれど、それでもどこかそれを認めたくなくて……。 「せやけど副長──」 「山崎、くどいな。この話は終いだ。蝶々、明日からお前が小春に付け」 「副長!」 山崎さんが言い終わらない内に土方さんは蔵から出て行ってしまった。それに続いて一さんと沖田さんも。残ったのは、私とお千代さんと山崎さんだ。 「……蝶ちゃん、あん時。こいつがここに来たばっかん時何で隠したん? 未来からきた人間やってこと」 「すーちゃん……」 「庇う謂れはないやろ? こいつのことかわいい思ってるん?」 「うちは小春ちゃんの味方でいたいんよ」 「そんなん! 僕が何で副長に報告せんかったか分かるか? 長州の屋敷におった蝶ちゃんが疑われへんように隠してたんやで!」 「すーちゃん……」 「何でそないな危ない橋渡ろうとするん?」 「自分の気持ちに正直でいたいんよ。小春ちゃんにも同じ気持ち味おうて欲しくない」 その言葉に山崎さんは舌打ちをして、 「……勝手にせえ」 そう呟いて出て行った。
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