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全力の拒否でなんとか自分で髪の毛を切ることになった。この人の場合、自分で切った方が全然マシだからだ。
「髪の毛はどのくらい必要ですか?」
「あー、十センチ?」
「そんなに!?」
幕末に来てから少しだけ伸びた髪の毛だけど、それでも肩甲骨の辺りまでだ。吉田さんのことがかかっているので、仕方がない。古高さんがどこかから取り出してきたハサミを受け取って、髪の毛を切る構えを取った。
「えっと、どのくらい?」
「あーちょっと足りない」
「もう少しですか?」
「あー違う違う! もういい、俺がやるよ」
バサリ。古高さんは私からハサミを奪い取って、私の髪の毛を切ってしまった。それもかなりの長さ。俊敏な動きに抵抗することも反応することも出来なかった。
(十センチどころじゃないじゃん……)
「そんなに落ち込むなよ。まあ……似合ってる」
目を逸らした古高さんの肩が、小刻みに震えている。その姿にほんの少しの殺意が芽生えた。
持っていた手鏡を取り出して確認してみると、本当にばっさりいってしまったらしい。肩甲骨まであった髪の毛は見るも無惨に、毛先がバラバラのショートカットになってしまった。
「もう! やることやったんだから早くして下さい!」
未だに肩が小刻み震えている古高さんを睨むと、古高さんは切ったばかりの私の髪の毛を持ち、懐中時計の蓋を開いた。何をするかと思い見てると、その髪の毛を懐中時計の中へと入れる仕草をしたと思えば、みるみる髪の毛が消えていった。
「悪かった。準備はできたよ」
こちらへ来いと手招きされ近づくと、古高さんは首にかかっていた懐中時計のチェーンを私の首にもかけた。そのまま懐中時計のつまみを何やらいじり、カチリと音がすると、まるで二人が取り残されたみたいに、どんどん周りの景色が逆再生で進んでいく。ただ、普段出入りがない社の中なのでそこまで変わり映えがしなかった。
「はい終わったぞ」
「え? 本当ですか?」
「ああ。疑っているのか?」
「だって頭が痛くならない」
「俺の懐中時計はそんなことはない。スマートに時間を行き来出来るんだよ。ほら、外に出てみなよ」
さっきと何か変わった感じがあまりしない。ただ、違うことと言えば蝉の鳴き声がうるさいくらいに聴こえてきて、夏に戻ったかのように少し暑かった。
社の外に出てみると、太陽が一番高いところにあった。境内では数人の子供たちが縄跳びや鬼ごっこをして遊んでいるのが見えた。
「古高さん、吉田さんはどこにいます?」
「さあね」
「ていうか、私が吉田さんと初めて出会ったのは京だから、京にいていいはずなんですけど、ここ萩ですよね?」
「そうだよ。誰が一年前に戻ると言った?」
「え!? 一年前じゃないんですか!?」
「違うよ。それよりもっと前だ」
「何年前になるんですか?」
「自分の目で確かめてみるといい」
またそれだ。そう言って古高さんは社の中に戻っていってしまった。あとは勝手にしろということらしい。
「あっ。言い忘れたが、ここにいられるのは明日の正午までだからな」
(それでどうしろと!?)
時間が圧倒的に足りない。明日の正午なんてふざけるのも大概にして欲しい。吉田さんもまだ見つけられていないのに、記憶を取り戻す手がかりなんてできるのだろうか。
そう思っていた時、先程の古高さんの自分の目で確かめてみろという言葉が、急に現実味を帯びてきた。私の目に入ってきたのは、よく見ていたあの顔。だけど姿形が全く違う。いつも見ていた姿よりも断然小さい。
(子供時代の吉田さんだ!!)
「かなり前まで遡ってしまったってこと?」
境内で遊ぶ他の子供たちは、みんな年相応に遊んでいるのに、吉田少年は木の根元に座り込んで書物に没頭していた。小さな頃から変わらないそんな姿に顔が綻びそうになる。
気づけば吉田さんの元へ足を踏み出していた。
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