記憶の中で。

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江戸への遊学が決まり旅支度をしていた時、父がやってきた。 「栄太郎、遊学とはどういうことだ」 「相談もせず決めてしまい申し訳ありません。訳は先生の墓標を訪ねるためです」 「そうではなく──」 父が言いたいことは分かる。藩士として戻ってから行けばいいのに、それをせずに江戸へ遊学が決まったことがおかしいと言いたいはずだ。しかし師の存在を出したことによって父は敢えて深く追及してはこなかった。 「江戸に向かう途中に、京に寄って小春と一緒に向かう予定です。父上はどうかご案じなさらぬよう」 「その事なんだが、それはそうして貰えると有難いが、今朝方、飛脚からお前宛に文が届いた」 「飛脚で、ですか?」 「ああ」 それはおかしい。単なる文であれば飛脚を使うが、今は万全を期して文は全て小姓に持たせてある。それ故に佐助も忙しく行き来しているというのに、わざわざ飛脚を使うあたり余程の急用らしい。 文を受け取り開封した。 (これは──) その内容に愕然とした。いや、ある程度の予想は出来ていたが、玄瑞がいれば問題ないと思っていた。なのに玄瑞は何をしているのかと叱責したくなる。 「どうした? 良からぬことでもあったか?」 話すかどうか躊躇われたが、ここまで来たらと思い父に話すことにした。 「小春が新選組で拘留されているとのことです」 「どういうことだ! お前は遣いに出したと言ったが違ったのか!」 「そのことは帰ってきてからまた説明します。先を急ぐので」 「あ、おい! 栄太郎!」 一大事だった。あれほど懸念していたのに、小春との別れ際に記憶が戻らなかった自分が恨めしい。記憶が戻っていたら行かせるなどそんなことはしなかったはずだ。 この場面で幸いだったのは、藩主直々に通行手形をその場で発行してもらったことだ。今すぐにでも京へ発てる。 こちらに残る晋作には手紙を残し、そのまま萩を出発した。
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