再び。

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再び。

時は少し遡り──。 「佐助くん、無事に京に入ったけど、これからどうするの?」 「先生の元へ向かいます」 「久坂さん?」 「小春さん、あまり往来でその名前を出さないでください」 「ごめんね」 いまいち京の情勢が飲み込めなかったせいもある。八月にあった政変から長州の立場が弱くなり京に出入り出来ないというのは知っていた。だけど詳しいことはこの頭では理解できない。 佐助くんは尾行されていないかどうか心配らしく、何度も道を変え、私にはもう来た道が分からなくなるくらいだった。そんな中気づくと島原に着いており、一件の置屋の裏口から佐助くんは入って行った。佐助くんが手慣れた様子で入るものだから呆気に取られていると、ひょこっと顔を出して私もと促された。 「ここにいるの?」 「はい。意外でしたか?」 「ううん、まさにちょうどいい潜伏場所だなぁって」 置屋の主人が出てきて、軽く挨拶をすると二階の奥の角部屋へと案内された。 「久坂さん! お久しぶりです」 「──小春さん?」 ここにいることにびっくりしたのか、目を(しばたた)かせている。佐助くんが栄太郎さんから預かった手紙を久坂さんに手渡した。それを読んだ久坂さんは難しい顔になってしまった。 「粗方のことは分かりましたが、何故そんな面倒なことに?」 「えっと……」 佐助くんがいる場で話しても良いものか言い淀んでしまった私に、「構わない続けて」と先を促した。どうやら、私から未来から来た人間だと佐助くんには知られているらしい。 「実は私をこの時代に送り込んだ張本人が分かりまして、その人がわざとそうするように仕向けたというか……」 「誰です、それは」 「古高さん……」 「やっぱりそうでしたか」 「分かってたんですか?」 「少し考えれば分かることです。それで、古高の狙いは何なのですか?」 かくかくしかじか、あの男は私と一さんをくっつけたいのだと説明すると、また難しい顔に戻ってしまった。 「何故また新選組の斎藤なのでしょうか……。古高は厄介なことを焚きつけてるようにしか見えない」 久坂さんが呆れたような軽蔑を含んだこんな顔をするのは珍しい。 「すみません、私のせいでご迷惑を……」 「気にしていることはそこじゃありません。案じなさらず。それより栄太郎との祝言が中止になってしまって、大丈夫ですか?」 「それは、私のせいなので、栄太郎さんにはひどいことをしました」 「いいえ、記憶を失くした栄太郎が悪いのです。小春さんに苦労ばっかりかけて、いい薬になるでしょう」 久坂さんのその言葉にびっくりして、目を(みは)ってしまった。こんなに冷たい感じだっただろうか。 「それはさておき、小春さんをここで預かりたいのは山々なのですが、置屋で預かるとなると栄太郎が激怒するでしょう」 「それは大丈夫だと思いますけど」 「侮ってはいけませんよ。町のはずれに九一が小間物屋の旦那として潜んでいます。小春さんはそこに行きましょう」 てきぱきと決めていく久坂さんに、さっきから気になっていたことを聞いてみた。 「あの、久坂さん怒ってます?」 「怒るも何も、小春さんを京に戻して自分は尻拭いに明け暮れる、これ程滑稽なことは無いでしょう?」 (辛辣だなぁ) 「結構言うんですね」 「呆れていますよ。自分が小春さんを守ると大見得切って脱藩したくせに、この有様は笑えてきますね」 「そうはいっても本当は栄太郎さんが心配だったんですよね?」 「ええ、まあ。栄太郎のこれからの身の上が心配でしたが、まあこれで大丈夫でしょう。小春さんがいてくれて良かった」 久坂さんはそう言って、手の中にある栄太郎さんの手紙を見つめていた。 「佐助に案内させます。来て早々悪いですがそちらへ。これからどの様にするか私も考えますが、取り敢えずは何もしないように。いいですね?」 久坂さんの言葉にうなづいて返事をした。下手に動かない方がいいことはよく分かっている。無理に動けば古高さんの思い通りになることも。
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