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佐助くんに案内されて町外れの通りにやって来た。外れといってもそれなりに人通りが多く店もほどほどに並んでいる。身を寄せるには大丈夫なのかと少し心配になってきた。
「佐助くんはその小間物屋さんにはよく行くの?」
「お遣いでたまにですけど行きます。でもまぁ、あまり近寄りたくは無いです」
「それはどういう意味で?」
「入江さんって騒がしいじゃないですか。あんな人が近くにいるとそれが伝染りそうで……」
「あー、馬鹿が伝染るってことね」
「代弁ありがとうございます」
佐助くんも見ない間にすっかり頼もしくなってしまった。今の目標は栄太郎さんみたいな人になることだと言っていたから、入江さんに近づきたくないのはよく分かる。
私もこれからそこでお世話になることに不安を覚え始めていたら、いつの間にかその小間物屋に着いていた。表から堂々と入ると、奥から一人の男性が出てくる。
「いらっしゃーい、って佐助だったのか。ん? あれ? 小春ちゃん?」
「お久しぶりです入江さん」
「あれ? なんで? てかその髪の毛……」
短くなってしまった髪の毛のことには触れられたくないと慌てて言葉を遮った。
「少しの間、お世話になることになりました」
「そっかー! それにしても久しぶりだね! 再会の証に抱擁を──」
両手を広げてこちらに向かってきた入江さんに対して、私の背筋にはぞぞぞと悪寒が走った。これはみぞおちに一発決めてやらねばと意気込んでいると、入江さんは誰かに頭を叩かれて急停止した。その誰かを改めて見ると、今度は驚いて声が出なくなってしまった。
(なんでここに……)
「お千代さんっ!」
「久しぶり、小春ちゃん」
「なんで! なんでここにいるんですか!」
「全部話すと長くなっちゃうわ。とりあえず奥に上がって」
そう促されて奥に上がると、いてもたってもいられなくてお千代さんに訊ねてしまう。
「どうして入江さんと一緒にいるんですか? 新選組は? 山崎さんは?」
「小春ちゃんと別れてから、新選組をやめたの。自分の気持ちに素直になるって決めたから。すーちゃんにはとっっても悪いことしたけど、気持ちを伝えたら納得してくれたわ」
「そうだったんですか。だけどそれが何故、入江さんと一緒にいることに?」
「それはその……」
妙にそこだけフワフワした様子のお千代さんに、何か変だとは思うけれどその何かがよく分からない。代わりに入江さんが答え始めた。
「俺がお千代ちゃんに想いを告げたら、何も言わずに首を縦に振ってくれてさ、だからそういうことだよ」
「はい?」
そういうことだよと言われても、まさかのまさかで入江さんとお千代さんがくっついたとでも言うのだろうか。え、本当に?
確認するように佐助くんに目線を送ると、めんどそーにうなづいた。
「お千代さん」
近づいて小声で耳元で話す。
「どこがいいんですか? 入江さんですよ? だったらまだ山崎さんの方がマシなような気もするんですけど」
「すーちゃんはただの幼馴染。許嫁とか言っていたけど、結局は『好き』の一言もないのよ? それだったらちゃんと言葉に出してくれる人がいいわ」
小声で返されたその言葉は確かに一理あるなと納得してしまった。誰をどう選ぶかは人それぞれだ。
「それで小春ちゃんはどうしてまたうちに?」
二人は私の身の上を知る数少ない人達だ。二人が営んでいる小間物屋に何故来たのかを、
古高さんのことも含めて一から洗いざらい全て話した。
「栄太郎は肝心なところでつまづくよな。だから俺みたいに万事上手くいかないんだよ」
入江さんのその言葉が妙に腹立つので栄太郎さんの分まで脇腹を小突いてやった。
「人生そう簡単に上手くいくのなら苦労なんかしないですよ。入江さんに言われると腹立つ」
「ごめんって。それで、小春ちゃんは祝言すっぽかしてまで京に向かわなきゃいけなかった用事ってのは何なの?」
「すっぽかした」という言葉に、胸がズキッとした。
「遺書です」
「遺書?」
「さっき話した古高さんという人から預かったものです。その遺書を書いたのは一さんの幼馴染の千歳さんで、私はそれを一さんに届けることを条件に、古高さんと取り引きしたんです」
「取り引き?」
「栄太郎さんの記憶が戻る手がかりをくれると約束したんです。だから切羽詰まっていて……」
「ふーん。お千代ちゃんは何か分かる?」
「小春ちゃんがどうして新選組の人達から目をかけられていたのか不思議だったけど、その幼馴染に似ているからなのよね?」
「はい」
「事の成り行きを見る限り、古高という人はそれを利用しているようにしか思えないわ。だって斎藤さんと小春ちゃんを結ばせることがその人の目的でしょ? 手紙を届けるなんてそんなことをしてはまさに相手の思う壷よ」
お千代さんの意見はもっともだ。私も出来ればそうしたい。だけどそう出来ない訳もあって。
「手紙を届けないと、栄太郎さんが毒を盛られたみたいにまた誰かが被害にあうかもしれない。そう脅されてもいるので、じっとしていることは難しいんです……」
俯きがちに私が答えると、入江さんとお千代さんは困ったという風に腕を組んで考え込んでしまった。佐助くんは話を静かに聞いていたけれど、二人のその様子に手際よくお茶を淹れて差し出していた。
「ねぇ、」
と入江さんがふと切り出した。
「小春ちゃんをここに寄越したのは久坂くんだよね? 何か言ってなかった?」
「とりあえず指示を出すまで何もするなと」
「じゃあ何もしなくていいんだよ」
「だけど──」
「いいの! 他のことは心配せずに自分の心配だけしてればいいの!」
確かに従うことしか今は出来ないけれど、何故だろう。入江さんに言われるといてもたってもいられなくて、ものすごく心配になってくる。
(このことを言ったら、またなんやかんや言われるんだろうなぁ)
黙っておくことにしたはいいが、この落ち着かない気持ちは収まることがなかった。
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