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「どうしてあんなことを?」
旅支度を解き、着流し姿になった栄太郎さんに改めて聞かれたそれに、なんの偽りもなく洗いざらい全て話した。不安や恐怖ゆえの行動だった。
「だからそうさせないように、ちゃんと見てろと言ったのに」
「誰にですか?」
「玄瑞だよ」
「久坂さんは何もするなと言っていたんです。それなのに勝手に動いたのは私で、久坂さんは悪くないです……」
「庇わなくていい。余計に腹が立つ」
「うっ」
私は頭を垂れた。いてもたってもいられなくて行動したことは浅はかな事だと分かってはいるけど、誰かが傷つけられないように動いたことさえ否定されてる気分だった。
そんな様子を察してなのか、栄太郎さんは私の頭をぽんと撫でた。
「千歳さんの遺書、今からでも届けられないですかね」
「まだそんなこと言ってるの」
「だって、遺書ですよ。栄太郎さんにはそこら辺の石ころにしか思わないかもしれないけど、一さんにとっては大切な人のものだし……」
「どこまでいってもお人好しだね」
私が無理してでも届けようとしたのには、そういう理由もあった。ただの手紙ならまだしも遺書だからだ。
「その遺書はどこ」
「ここです」
「貸して」
「何するんですか?」
「開ける」
「え!? ちょっと待ってくださ──」
私が止める隙もなく、封をビリビリと破り開けてしまった。
「何するんですか!」
「あー、やっぱりね」
勝手に人の遺書を開けて、読み進める栄太郎さん。だから言ったじゃないかという風に、こちらを呆れた目で見つめてくるその人に理解が出来ない。
「これは本物じゃない。よく読んでごらんよ。古高の文だ」
「え!? そんなまさか──」
文を渡されて目を通すと、確かに古高さんによる文に間違いはなく、そのことが驚愕で開いた口が塞がらなかった。
内容はこうだ。
『片桐小春は千歳の生まれ変わりなことは確かだ。今引き止めないと、生涯人殺しのもとに囚われたままだろう。助けられるのは君だけだ』
これってつまり……。
「やはり行かなくて正解だった。行ったら君は二度と帰って来れなかった」
初めから私がこれを一さんに届けた時点で封が切られると、一さんは私を帰さないだろうと踏んでの古高さんの計画だった。
「こんなことって……」
ずっと遺書だと信じていたのに、謀られたことに腹が立つよりも、あんまりにもすんなり信じ込んでしまった自分に腹が立ってきた。
「もう二度と関わらない方がいい」
「そうはいっても、古高さんはいつでも見張っているって……。この遺書もどきだって、三日以内に届けろと脅されたんです。あと一日しかないけど、それを破ったらどうなるか怖いです……」
「みんな危険な目にあうかもしれないことは覚悟して京にいるんだよ。誰一人無事でいることは不可能に近い。だからそこは諦めるしかない」
「そうですけど……」
「それより僕は、江戸に用事が出来た。君を連れていこうと思っているからそのつもりで」
「え?」
私にとっては突然降って湧いた話だ。江戸に向かうなんて。そんな突拍子もないこと。
「ちょっと──」
どういうことなんだと聞き返す前に、栄太郎さんは久坂さんの所へ行ってくると出ていってしまった。
***
古高さんが言った期日は、私が恐る恐る身構えているうちにその日を迎えてしまった。誰かが犠牲になってしまう、それは確信にも近いことで、栄太郎さんはそれはみんな覚悟してのことだと言っていたけど、私はやっぱりみんなには無事であって欲しいと願う。
誰かが毒を盛られるか、はたまた居所を吐かれて捕縛されてしまったりするのではないかと色々な考えが頭に浮かび、そうならないようにと祈るばかりだった。
ふと気づいた。古高さんにとって栄太郎さんが邪魔な存在であるならば、どうして真っ先に消さないのだろうか。毒を盛った時点で殺しても良かったはずだ。
(……あ、違う。殺せないんだ)
栄太郎さんを殺してしまうと、手心を加えてしまったことになり歴史自体変わってしまうかもしれない。だからある程度の危害は与えど無闇やたらに手出しは出来ないはずだ。それはきっと他の人にも言える。
そう考えたところで、ほんの少しだけ気持ちが緩むことが出来た。この日が来るまで緊張しっぱなしだったからだ。ある報せが届くまでは。
それは夕方のことだった。
小間物屋の店仕舞いをして、お千代さんがその日の勘定をして、私は掃除をしていた時だった。
「蝶ちゃん」
急に、ぬっと、陰から、算盤を弾くお千代さんの背後に誰かが現れた。入江さんや栄太郎さんなわけがないことは確かで、現に二人は奥の部屋で話し込んでいる声が聞こえていた。
「お、お千代さん! 後ろ!」
「え? ああ」
背後に急に現れたというのに、案外平静なお千代さんは、その姿を見ずとも誰か分かっているようだった。
「あー、小娘もおったんかい。まあええわ」
「すーちゃん、びっくりするからもっと普通に入ってきて」
「そうは言うけどな蝶ちゃん、こちとら急ぎの用があって──」
陰から現れたのは山崎さんだった。……のはず。久しぶりに見たその姿は以前とは全く変わり、なんというか、新選組にいた時はいつでもピシッと決めていたものが、今はそれが崩れているような親近感が湧く青年な感じだった。
「ていうか、小娘なんでおるん」
「小春ちゃんは色々あって、今ここに。それよりも情報漏らしたりしないでよね」
「分かってる。それも一筆書いたやろ、信用ないなぁ」
最近調子はどうだと、入江さんとの近況をお千代さんにからかうように尋ねた山崎さんは、ふざけるなと頭をバシッと叩かれた。その叩かれた音が意外と痛烈な音を響かせて、それに伴って奥から入江さんと栄太郎さんがやって来た。
「それよりもすーちゃん急ぎの用事って?」
「ああ、それはまあ。あんたの小姓が新選組に捕縛されたんや」
そう言って山崎さんは栄太郎さんのことを指さした。
(それってもしかして……)
「ほらやっぱり、その反応だと初耳やったやろ。俺かてこれは伝えるべきか迷うたんやけどな、土方さんが蝶ちゃんには伝えておけと。まさか小娘達がおるとは予想外やったけど」
今朝から姿を見ていない人物がいた。佐助くんだ。なかなか姿を見せなくて、でもそれは小間物屋胡蝶に寄りたがらないせいだと受け流してしまっていた。まさか捕まったなんて……。
(やっぱり古高さんは行動に出たんだ)
「そいつは今なんて言った? 『土方』? 信用ならないね。捕まった証拠はあるの?」
「あー怖い怖い。せやったら気の済むまでその小姓を探せばええやろ。見つからんと思うけどな」
二人は目を細めて睨みあっている。今にも手が出そうな雰囲気だけど、〝あの状態〟かと思っていた栄太郎さんは意外と冷静みたいだった。すると、ふと栄太郎さんはため息を吐いた。
「……今は佐助まで手を回せそうにない」
「栄太郎さん! それって助けないってことですか!」
「まあ、あながち間違ってはいないと思うで」
「そんな!」
「小春、そんな簡単なことじゃないよ。佐助が捕らえられた今、危ないのは僕達だ。佐助に僕らの居場所を吐かれたらそれこそ全て駄目になる」
(そんなことって……)
「君の主は古高を知ってるの?」
「なんでや?」
「わざわざ僕らに佐助が捕縛されたことを告げる必要はない。古高を元々知っていて、尚且つ疑惑の目を向けなれければそんなことはしないよ」
「ほんまに怖いなぁ。あんたの想像の通りやと思うで。土方さんは前から古高を怪しいと思うとった。今回の件も表向き変装はしとったが古高がその小姓を連れてきたんや。何か裏があるんやないか言うて、俺にこのことを念の為蝶ちゃんに言うようにさせたんや」
「そこまでするんだったら佐助は──」
「そら糠喜びっちゅうもんや。俺はあくまでこの事を蝶ちゃんにだけ伝えろと言われただけや。土方さんはあんたらのことは一切関知してへん。これは俺の独断。せやからあの小姓の身は危ないことに変わりないで」
「あ、そう、まあいい。小春、あれを持ってきて」
「あれ?」
(あれとはなんだろう)
「千歳とかいった人の遺書を持ってきて」
「え? でもそれは」
「早く持ってきて」
栄太郎さんが言っているそれは偽物だ。その偽物を持ってこいと言っているのだろう。だけどそれを持ってきて何をするのかはよく分からない。だから今は大人しく言うことを聞くことして、開封済みになってしまったその遺書を持ってきて手渡した。すると栄太郎さんはその遺書を山崎さんに渡してしまった。
「君の主が古高を調べているというのなら、古高の目的を知りたいはずだ。それがここに記されている」
「へー、取引ですか。それと引き換えに小姓を?」
「飲み込みが早くて助かるよ」
「残念やけどそれには応じられへん。あの小姓は長州の者に変わりはない。新選組としては逃がすつもりはないはずやで」
栄太郎さんは目を閉じて考え込むように黙ってしまった。もう切り捨てるしかない、そう言いかけそうな雰囲気の中、ある人がこの小間物屋胡蝶にやって来た。
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