一の章

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「満足していると言うの?唯一人の人間を護る事に」 不意にリュビスが放った噛み合わぬ言葉に、騎士達は面食らった。 清澄ながらも氷のように冷え切った少女の声音に、イアスは言いようのない寒気すら覚える。 「そう……その男に惹かれているのね。憐れみはしないわ。それが、お前の幸福ならば」 「御嬢さん、何を言ってるんだ?」 訊ねたロイドも何処か薄気味悪い者を見る眼になってはいたが、作り笑いで誤魔化しながら彼女に近付いて行った。 その時になって、イアスは娘の碧眼が自分ではなく肩の留め飾りを凝視している事に気付く。 「ん?よく見れば大層な美人じゃないか。こんな所で話をするのも無粋だ。用があるなら、お茶でも飲みながらゆっくり話そう」 慣れぬ台詞を吐きながら、ロイドはさりげなくリュビスの肩に触れようとする。 だがその手首は、唐突に伸ばされてきた大きな手にがっちりと掴まれてしまった。 咄嗟に反応する事が出来ず、そこそこの手練れと自認していた騎士も思わず息を呑む。 ――馬鹿な……掴まれる瞬間まで、気配も感じなかっただと? 「俺の連れを、勝手に連れ出されては困るな」 もう一方の腕で幼妻を抱き寄せながら、ギルアードは少しばかり不機嫌な声で告げた。 その視線がイアスの肩を一瞥し、またすぐにロイドを見据える。 一筋の金色が走る漆黒の眼に射貫かれ、その迫力に気圧されながらも、自尊心の高い騎士は強張る顔に笑みを刻む。 半歩ほど下がり、知らず渇いていた口からどうにか言葉を搾り出した。 「こいつは失礼。御嬢さんが、こちらの連れに用があるらしいんでね」 「……彼女は少々、変わり者でな。おかしな事を口にしたかもしれないが、気にしないでくれ。悪気は無いのでな」 騎士達は訝りつつ、この何処か奇妙な二人組を見比べるが、娘は既に関心を失った面持ちで男の腕に身を委ねている。 彼女が純白のマントに身を包むのとは対照的に、男は膝下まである厚手の黒コートの上に、更にマントを羽織っていた。 加えてその容貌は、端整ではあるが刃物のような酷薄な鋭気が滲み出ており、平たく言ってしまえば悪人面に映る。 機嫌を損ねている為に、余計にそう見えるのかもしれないが。 ――いや、見るからに怪しい男だ。盗賊には見えないが、闇商人の類かもしれない。 闇市の関係者に計画を嗅ぎ付けられたのかと、イアスは警戒心を強めたが、ふと男が訊ねてきた。
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