一の章

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「その留め飾りは、何処で手に入れた?」 「……父から贈られた物だが。今では形見の品だ」 ――そうだった。娘の方も留め飾りを気にしていたな。まさか、これが目当てな訳ではないだろうが……。 疑念を抱きつつも彼が答えると、興味を無くしたかに見えた娘が微かに反応した。 「形見……」 呟いた少女の白い繊手が、マントの端を堅く握り締める。その手を男の掌がそっと包み込んだ。 切れ上がった鋭い双眸が慈悲深い色に染まるのを見て、イアスはまた戸惑いを覚える。 「……あんた達に用があった訳ではない。邪魔をしたな」 黒ずくめの男は素っ気なく告げると、娘の手を引き何事も無かったかのように立ち去ろうとする。 ロイドは唖然と立ち尽くしてしまったが、イアスは咄嗟に後を追っていた。 武具屋を出た所で、人混みに紛れようとしていた二人を呼び止める。 「待て!お前達は何者だ?この留め飾りが何だと言うんだ!?」 ギルアードは振り返るなり面倒そうに息を吐いたが、風精の意思と僅かだが疏通を交したリュビスが代わりに答えてみせた。 「お前達の邪魔はしないわ。王の前に立ち塞がると言うのならば、どうなっても知らないけれど」 「王だと?何処の国の王だ?我々の敵ではないのか……?」 よもや、他国の王族までもが闇市に絡んでいるのかと、イアスは懸念したのだが。 「さてな」 ギルアードは曖昧な素振りで告げた後で、思い直したようにイアスに歩み寄ると、身長の変わらぬ彼に威風漂う顔を寄せてきた。 騎士が困惑していると、低いながらよく通る声が密やかな音域で彼の耳元に囁く。 「一つ、忠告してやろう。結晶と化した魂だろうと、精霊の意思は在り続ける。彼女の機嫌を損ねれば、守護の風は忽ちの内にお前を見放す事だろう」 「なっ……!?」 一瞬、その意味するところが解らなかったが、冷静になり理解すると、イアスは驚愕の思いで右肩の結晶を見下ろす。 ――本物の風霊晶だと言うのか?しかも、魂だって? 「……人間は精霊の魔力なんて呼ぶけれど、その力とは『私達』の魂その物。知らぬ事など許されない」 「喋り過ぎだ。もう行くぞ」 遮るように吐かれた夫の声音に、リュビスは可憐な唇をきゅっと噤むと、機嫌を窺うような上目遣いで彼の左腕にしがみ付いた。 苦笑で応じつつ和らげた口調でギルアードが再び促すと、揃って人混みの中へと消えて行く。 最後に黒瞳が鋭い一瞥をイアスに投げて寄越したが。
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