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身に纏う純白の毛皮も、柔らかな黄金色に染まっている。
その姿は人間の思い描く星の女神のように清らかな神々しさを放ちながらも、何処か艶かしくも映る。
そんな妻に見惚れつつ、ギルアードは神殿の地下深くより僅かに感知できる力の在処を探っていた。
しかし封印の魔術でも施されている為か、生死の判別すら付かない。
――既に結晶化されてしまったか……?
力の内に在る筈の意思を読み取ろうと試みるも、巧くいかなかった。
己の力を更に喚び寄せれば造作もない事だろう。しかし過剰な力の行使は、彼を取り巻く世界の様々な物に影響を及ぼす危険性がある。
それだけ強大な力を彼は背負わされているのだ。氷る泉の畔にて、その冠を授かった時から。
「見付からないの?」
「ああ。神殿の地下には違いないが、此処からでは無理だな。闇市とやらに侵入するしかないか」
所在さえ掴めれば、その場へ瞬時に転移した後にすぐまた離れるつもりでいた。この程度の距離ならば今の彼でも十分に可能である。
「なら、私も行く」
立ち上がりざまに告げ、リュビスは夫の反応を窺う。
長い睫が縁取る頑とした意志を見詰め返し、ギルアードは軽く息を吐いた。
「そのマントを狙われるかもしれんぞ。密猟品も多く集まっているようだからな」
「それでも一緒に行くから。置いていくなんて、許さない」
冷えた瞳の奥に危うさを伴いながら揺らぐ炎の影を見て取り、彼は宥めるように幼妻の髪を撫でると、観念して頷いた。
彼女は理性を失うと、その血に受け継いだもう一つの力を暴走させてしまう。
――傍に居た方が、護ってやれるか。
内心で呟きながら華奢な躰をしっかりと抱き寄せると、月に背を向けた彼は猫のように身軽な動きで屋根から飛び降りた。
夜の神の名を戴く神殿はそれに相応しく、深い黒みを帯びた溶岩石で建造されている。
丈夫で加工もしやすい石は南方の火山地帯で採れた物だ。
黒の神殿と呼ばれる由縁だが、何の因果か悪しき人間達の蔓延る温床と化してしまうとは皮肉なものだと、ギルアードは口元を歪めた。
――人間達が勝手に拵えた物とはいえ、放任しすぎるからこうなる……今も何処に居るのやら。
何も無い宵闇に恨みがましい視線を送ると、彼はリュビスを抱き寄せたまま歩き出した。
敷地内に造園された薬草園から、夜露に濡れた香草の濃厚な香りが漂ってくる。
何とも郷愁を誘う匂いに、黒い瞳が苦く微笑んだ。
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