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辺りに人気が無いのを確認し、黒い円柱の並ぶ隙間から内陣を取り囲む廻廊へと彼等は難なく侵入した。
その際に、神殿の裏口の方から幾人かの気配を感じ取る。
地下へと下りて行く一人の気配を追うと、多くの人間達が集っている様子が感知できた。五、六百人は居るとみられる。
――どれもこれも腹黒い意思ばかりが、よくもまあ、これだけ集まったものだ……。
半ば呆れながらも探知を続ける内に、不意に他とは少し異なる意識を発見し、ギルアードは頸を傾げた。
――まだ若い娘だな。小賢しいようだが、純粋な好奇心の中に強い信念のようなものも感じる……ん?何だと!?
見知らぬ者の意識に干渉する内に、彼はそこに秘められていたある事実に触れてしまった。
微かな驚きを覚えつつも、その顔に笑みが刻まれていく。
急な笑顔を訝しんだリュビスが、彼の心情を窺うように澄んだ瞳で凝視してきた。
「また、いつの間にか増えていたらしい」
「そう……相変わらずなのね。でも、会ってみたい」
「ああ。事のついでに会うとしよう」
リュビスも感情を表すように、唇で微笑んで見せた。そこへ軽く口付けてから、ギルアードは地下へと続くもう一つの階段へと転移する。
老朽化の進んだ古い階段は上部が塞がれており、今は知る人間も居ない。
しかし彼は神殿内の構造を、長く奉祀に従事する老神官ですら知らぬ事まで熟知していたのだ。
彼等が生まれるよりも、更に古い時代から……。
黒の神殿の最深部――。
そこは今、昼の大通りの賑わいとも夜の盛り場の喧騒とも異なる独特な活気に満ちていた。
石床の上にずらりと張られた、派手な装飾が施された露店用のテント群。
その下には様々な『商品』が価値を競うように並べられ、行き交う商人や華やかな仮面で顔を隠した貴族達を惹き付けて止まない。
そんな会場の片隅――数多く用意された燭台の灯りも届かぬような暗がりに、少女は身を潜めていた。
立ち並ぶテントの影に身を隠しながら、何処かで焚かれているらしい甘く妖しげな香の紫煙が漂う中を機敏な動きで進んで行く。
歳の頃は十四、五。邪魔にならぬようきっちり結い上げられた赤みがかった金髪の下で、賢しげに光る菫色の瞳が辺りを窺っている。
――あの商人じゃない……あいつも違う……見付けた……!
その視線があるテントの前で留まり、仮面を着けた客を相手に愛想笑いを振り撒く一人の闇商人を捉えた。
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