序の章

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太陽がやけに眩しい。天上を仰ぐと視界が歪み、目眩のような錯覚を覚える。 真冬の澄み切った大気が、陽射しの明度を更に増幅させているかのようだ。 隣を見下ろせば、駄々をこねて付いて来た幼い妻が――この寒さにも関わらず普段通りの薄着で――足取りも軽く歩いている。 こちらの歩調に合わせながら、その繊細な造りの右手はずっと俺の左手を握っていた。 彼女は常闇の森と呼ばれる樹海の最奥に住まう、氷れる泉を守護する精霊の血を引いている。 故に、この程度の寒さは平気なわけだが、見ている方は寒くて仕方ない。厚着を勧めても動きにくいからと嫌がる始末だ。 良く晴れた冬の日。防寒コートとマントで完全防備の男が、真夏のような服装の少女と手を繋いで旅路を急ぐ――人の行き交う街道など、とても歩けやしない。 非難の眼に晒されるのは必至。通り掛かりにすれ違った自警団に追い回された事もある。 まったく、誰が鬼畜で外道な人買いだ。自然と苦い顔にもなる。 「どうして、そんな顔してるの?」 滑るように左腕へと両腕を絡ませて来ながら、不思議そうな瞳が問う。 淡い碧の湖面に白い陽射しが融けたような色合いの瞳は、最初に出逢った頃よりも幾らか柔らかくなった。 「いや。つくづく人間というのは厄介だと思ってな」 『元』人間が口にするのも何だが。 「気にする事ない。人が貪欲になるのは寿命が短すぎる所為だもの」 和らいでいた碧の湖面が、瞬時に冷たく凍り付く。 「だから都合の良い作り話に縋って、逃れ様のない運命を遠ざけようと足掻くんでしょう?そういう生き物なのよ」 そういう事を考えていた訳ではないんだが、同意を示すべく頷いておいた。 まったく、常闇の樹海を出てこんな遠方の国まで出張って来る羽目となったのも、まさしく人間の欲が起因だ。それも丁度こんな真冬の時季に。 「人間の欲が尽きる事なんてない。思い悩むのも無駄なだけ。今回のような時にだけ思い知らせてあげれば良いのよ……王の怒りに触れたら、どうなるか」 彼女は人間をある程度は理解しているようだが、関心を寄せている訳でもない。どちらかと言えば嫌っている。蔑視していると言った方が正しいか。 無理もない。人間と関わると碌(ロク)な事がないからな。 しかし、特定の種族に対し偏見の眼を持つ事など、今の俺には許されない。 何物にも公正な判断を下す事が委ねられてしまった、あの日から。
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