一の章

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確かにこの結晶は、彼の身に危険が及んだ際には主を護るかのように激しい風を起こし、危機より救ってくれる。 しかしそれは精霊ではなく、人の有する魔力によって生み出された物である可能性の方が高かった。 ――田舎貴族が易々と手に入れられるような代物では、ないだろうからな。 あるいは彼の父は偽物と知りながら、愛息子に嘘を告げたのかもしれない。 ――まあ、役に立ちさえすれば偽物でも良いさ。そんな事よりも今は、どうやって闇市に潜入するかだ……。 場所さえ特定できれば、と考え込むイアスがふと顔を上げた時。大通りの向こう側から見知った顔が近付いて来るのが見えた。 同僚のロイド・カルツが、漆黒の短い髪を風に弄ばれながら人波を器用に避けて通りを横切って来る。 その姿はやはり旅行者を装ってはいたが、彼等は王国の騎士団に所属する若き騎士だった。 「イアス、明日の夜には本隊が到着するそうだ。門の守衛には、ジェダ刻(※)の鐘が鳴るのと同時に開門するよう話をつけてある」 剣士達がよく出入りするという理由から、二人は武具屋前での合流を事前に決めていた。 そのまま客の振りをしつつ、軒先に長鎗や大振りの楯が並ぶ店へと入る。 小声で囁かれたロイドの言葉に頷き、イアスも声を潜めた。 「そうか。しかし、肝心の場所が判らない事にはな……」 「そっちはディアンが調べているが、やはり神殿が怪しいようだ」 「グラヅェフ神殿か」 イアスが告げたのは、名の通り原初の闇を司る宵の神グラヅェフを祀る神殿である。 町の北西に建つ黒色の建造物を思い起こし、彼は再び苦笑を零した。 商家の屋敷よりは、住宅地から離れた神殿の方が何かと都合は良い。 彼等が王よりの勅命を授かり、この町を訪れた目的――。 それは闇市に巣食う犯罪者達を一斉に捕縛するのと同時に、闇市その物を潰滅させる事にあった。 これまでにも幾度となく問題視されてきた、闇市の存在。 だが裏では国の有力な貴族達が闇商人と繋がっているという暗黙の事実もあり、歴代の王達は重い腰を上げようとはして来なかった。 しかし玉座に就いたばかりの現国王は、まだ十七の少年。知性と正義を重んじる気質とその若さ故に、迷う事なく長年の懸案に終止符を打つ決断を下したのだ。 ――今回の一度だけで完全に撤廃出来るとは、王も思ってはいらっしゃらないだろう。それでも足掛かりにはなる筈だ。 (※)この世界での午前零時。
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