1.スタート

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 風が砂を巻き上げ、女性の視界を遮った。荒野を馬に跨り駆ける彼女はゴーグルを付けることで目に砂が入るのを防いでいた。  それでも、馬はどうすることもできず。馬は時々、立ち止まっては煩わしそうに首を振って目に入る砂埃を払っている。 「風が強くなってきたわね」  彼女は深々と被っていたカーボーイハットを持ち上げ、周囲を見渡すも、風が吹き数メートル先も見ることさえ困難になっていた。馬もこの調子では、乗馬による移動は難しかった。一秒でも早く、目的地に着きたい彼女であるが、仕方なく馬を降りると、馬を風除けの壁代わりにして地図を開いて現在位置を確認した。 「ロストウェイトから西に六キロだから」  風が吹き荒れる中での地図の確認は手間取るが、視界が遮られて以上、頼りになるのは地図と古い方位磁石だけである。  彼女の名は、スタート・カルテット。西の田舎でも有名な敏腕の保安官である。かつては、『エンド』と名乗っていたが、とある無法者のガンマンとの出会いを経て、現在はスタートと名乗るようにしている。元々、彼女は捨て子であり親がいなかった。エンドという名も、『終わっている』という意味でつけられた名だった。故に、ガンマンと出会った頃は荒れていてギャングの下っ端という最低な仕事をしていた。そんな彼女が今や、悪党を狩る保安官として仕事に就いている。 「ティックは怒るかな。よりもよって、保安官になった何て知ったら」  保安官は本来、法の番犬だ。それに対して、恩人とも呼べる人物、ティックは真逆の無法者であった。  彼が怒るかどうか。それは、スタートには分からない、知りようがない。何故なら、ティックはすでに、他界していた。命を落としていた。無法者のガンマンが命を落とすなど、この世界では珍しい話ではない。今更、悲しむべきことではない。ティック自身も、死ぬ時は呆気ないものだと、いつも言っていた。それでも、ティックが死んだ時、スタートは泣いた。僅か、一、二年の付き合いではあったが、その間に彼女は彼から生きる意味を教えてもらった。生きる価値を知った。その恩人が命を落としたんだ。泣いて当たり前だ。泣くことこそが、生きている証でもあるのだから。
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