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スタートにとって、ティックは恩人である。善人か悪人かと問われると一様にどちらかとは言えない。ただ自由な人とは言えた。彼は間違いなく死んだ。そして、そんな彼が横行する犯罪に手を貸しているなど、すぐには信じられない。
何かの間違いであってほしかった。しかし、掘り返された墓を目の前にしては、その事実を受け入れるしかない。それでも、真実は知りたかった。本当に、ティックは生き返ったのか。そして、彼は今、何を考えているのか。
気付いた時にはスタートは単身、死者の谷に向かっていた。上司に頼んで応援をつけてもらうという手立てもあったが、これは私情であり上司に迷惑をかける訳にはいかなかった。
スタートは手綱を手に愛馬を引き連れ、やっとの思いで死者の谷。その近くにある町まで辿り着くことができた。かつては、鉱山の町として栄えた、そこも今では見る影もなく寂れている。まともな収入手段などない、この町は無法者達にとっては、格好の住処であった。とはいえ、もうじき夕暮れを迎える。さすがに、暗闇で集団に襲われてはスタートでも撃退する自信はない。ましてや、足でもある疲れ切った愛馬を守っての戦いなど厳しい。
スタートは町の入り口で愛馬を預け、自分も一旦は休憩を取ることにした。これから、向かうことになる死者の谷は準備を整えずに向かうなど無謀だから。
休息と情報集めを兼ねてスタートは、まず酒場に行くことにした。あの風の中を越えていたのだ。すぐにでも休みたかった。大通りを歩き、一軒の酒場に入ろうとした。
まさに、その時だ。
「ぎゃあああああ!」
「え?」
中から悲鳴が聞こえてきたかと思ったら、爆発でも起こったかのように酒場の出入り口である扉が壊され、数名の男が大通りを挟んだ向かいにある建物まで飛ばされた。
今の世、酒場での喧嘩、銃撃戦など日常茶飯事の出来事である。しかし、これは明かに状況が違う。銃といった生易しいものによる攻撃ではない。スタートはとっさに、腰のホルダーに収めた拳銃に手を伸ばした。関わらなければいいが、今の彼女は一人の保安官である。その職務に就いている以上は、どこであれ、どんな状況であろうと役目を果たさなくてはならない。
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