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先刻までは、確実に狭くない距離が二人の間に広がっていた。しかし、ガルが驚愕の表情と共に振り返った今はどうだ? 「二時間半もぉぉぉこんなに可憐な乙女を待たせて……逃げるなああぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ」 長い手足を無駄に綺麗なフォームで動かして走るラルロスとの距離は、もう五十メートルもない。たわわな胸を激しく揺らす姿は、普通の男なら垂涎ものなのだが── 「ふ、ふざけるな!! これ以上、俺の休みを邪魔されてたまるか!!」 当のガルは僅かに顔をしかめ、全力で地面を蹴り飛ばした。瞬間、整備された石床の一部が粉々に砕け、砲弾のような勢いで吹き飛んでいく。 逃げた原因は二つ。一つは、当たり前の事だが少年が安眠を求めたから。 そして、もう一つ。何気にこれが重要だったりするのだが、人間──いや、魔人誰しも時速百キロ以上の速度で突撃してくるモノを確認すれば、逃げ出したくもなるだろう。 例にも漏れず、ガルもその恐怖に従い逃げ出したまで。ナイフの数本でも投げてしまおう──とも少しは考えたが、知り合いを殺すのは偲びない。 だが、高速突進を繰り出すラルロスは、ガルが逃げ出したのを確認すると一層笑みを深め、 「ょーっ!! 鬼ごっこー懐かしい!! 全速前進ー!!」 それだけを叫ぶ。直後、ラルロスの身体が髪の色と同じ淡い藍色に包まれ、速さを三段階くらい引き上げた。 藍色の影は必死で逃げるガルにぐんと近付き、そして──── タックルの要領で、自分よりも背丈の低い少年を押しつぶした。一瞬遅れて悲鳴と快活な笑い声が響く。 ここは人間を超えた人種の住む国。魔人と呼ばれる者が住む国。遠い昔から隔離され、迫害され続けた国で生きる少年の短い物語が始まった。 「ってぇな、コラァ!! ぶっ殺す!!」 「だって、だって!! ガルが待ってくれなかったのが、いけないんじゃーん!!」 ◆◆◆
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