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母親が死んだ。いや、俺が殺した。
それが普通だった。そもそも、俺は生まれた時にこの世界は何かが違うと感じていたんだ。
ぼんやりとした記憶だけど、それだけは覚えている。最初に俺を抱きかかえた人間は、どこか安堵したような顔をしていた事を。
それはまだ何となく理解できた。誰のかも分からない五月蝿い泣き声が、俺の思考を邪魔しただけかもしれないけど。
でも、次の顔は許せなかった。ムカついた。殺したくなった。吐き気がした。生まれてきたことを────後悔した。
小さな俺を、目を見開いた俺に驚きながらも、弱々しい腕で抱えた女が浮かべた表情が、気持ち悪かったんだ。多分、その時には悟ってたよ。
間違えたんだって。
産まれてくる世界を間違えたんだって。
だって、その女が涙を流しながら目尻を下げてさ。もうその時の俺よりも弱ってるくらい衰弱した女がさ。頬を緩ませてこう言ったんだぜ?
──丈夫に産まれてきてくれて、ありがとう。
って。それを心底気持ち悪く感じるってのは、どうなんだろうな? 少なくとも、その時の俺は……この女が異常なんだと思ったさ。
だが、それは違うんだと知ったよ。狂ってたのはどうやら俺らしい。世間一般で頭が可笑しいのは俺らしかった。
だけど、それが許せなかったさ。本当はみんな誰かを殺したいんじゃないかって、誰かを心置きなく殴ってみたいんじゃないかって、誰かの絶望した顔を見たいんじゃないかって。
みんな、それを隠すのが上手いだけだ。そうだって分かりきっていた。だから、俺は────母親を殺した。そうしてみたいと思った事を、ただ実行した。
それだけだ。
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