6553人が本棚に入れています
本棚に追加
/759ページ
――生きて、いる……とでも言うのですか?
考えがたい推測。しかし、信じざるを得ない現実が、目の前の空間を支配している。
先程まで、意識せねば及ばなかった小さなものが這う音。それが今は、扉からも、窓からも――この邸宅を押し潰さんばかりの音に変貌していた。
生理的な嫌悪感からは、抜け出せない。心臓が何時もよりも、僅かに上にせり上がったような気味の悪さは続いている。
が、種が分かってしまえば――これは、別段理解が及ばないものではない。『狂虫王者』という存在が、自分を殺しに来ているだけ、という事。
――……この気味の悪い光景も、焼き払ってしまえば全て済みますわ。
【高慢】と名乗るスペルは、何もその異端ばかりを使用していた訳ではない。
ここは魔法が道理として罷り通り、我が物顔で闊歩する世界。そんな世界で生きる者が、こんな虫けらを燃やし尽くせない筈もなく――――
「燃えなさい……下等生物」
魔力を通した指先から生じるのは、熱波。熱によって揺らぐ空気は即座に膨張し、耳障りな音が木霊する扉を通り抜ける。
悲鳴はない。断末魔の叫びすらも、虫達に許しはしない。
彼らからすれば、地獄の業火に変わりない熱風は、館内を等しく燃やし尽くす。それは虫達の生命を終わらせるには充分すぎるものだった。
だが――
――……こんな程度で終わり、でしょうか……?
スペルは、決して油断していた訳ではない。そして、この時ばかりは彼女から傲慢さが消えていたのも事実だ。
何せ、いくら格の違いがあろうとも――『狂虫王者』と『鬼神』は同じ上位Sランカー。
ならば、こんな程度の一撃には、直ぐ様二の撃が繰り出されると予想していたのだ。
そう。
スペルは全く油断していなかった。そして、同時に愚かでもあった。
次の一撃。
それが『狂虫王者』の虫の大群によるものであると、過信していたという愚考。
敵の腹の中にいるというのに。最強の集団であるからこそ、一対一で戦いに挑むという思考。
スペルが放った熱波は、虫達を等しく焼き尽くし――館内の至る所を燃やしながら、遂に外へとその膨張を解き放つ。
その先――熱波の先にいた影。
『炎術師』。
炎を使役し、本物の地獄の業火をも従える青年は、息を吐くようにその炎を"返した"。
無論、貴族の邸宅を丸ごと吹き飛ばす威力に変化させて。
◆◆◆
最初のコメントを投稿しよう!