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――生きて、いる……とでも言うのですか? 考えがたい推測。しかし、信じざるを得ない現実が、目の前の空間を支配している。 先程まで、意識せねば及ばなかった小さなものが這う音。それが今は、扉からも、窓からも――この邸宅を押し潰さんばかりの音に変貌していた。 生理的な嫌悪感からは、抜け出せない。心臓が何時もよりも、僅かに上にせり上がったような気味の悪さは続いている。 が、種が分かってしまえば――これは、別段理解が及ばないものではない。『狂虫王者』という存在が、自分を殺しに来ているだけ、という事。 ――……この気味の悪い光景も、焼き払ってしまえば全て済みますわ。 【高慢】と名乗るスペルは、何もその異端ばかりを使用していた訳ではない。 ここは魔法が道理として罷り通り、我が物顔で闊歩する世界。そんな世界で生きる者が、こんな虫けらを燃やし尽くせない筈もなく―――― 「燃えなさい……下等生物」 魔力を通した指先から生じるのは、熱波。熱によって揺らぐ空気は即座に膨張し、耳障りな音が木霊する扉を通り抜ける。 悲鳴はない。断末魔の叫びすらも、虫達に許しはしない。 彼らからすれば、地獄の業火に変わりない熱風は、館内を等しく燃やし尽くす。それは虫達の生命を終わらせるには充分すぎるものだった。 だが―― ――……こんな程度で終わり、でしょうか……? スペルは、決して油断していた訳ではない。そして、この時ばかりは彼女から傲慢さが消えていたのも事実だ。 何せ、いくら格の違いがあろうとも――『狂虫王者』と『鬼神』は同じ上位Sランカー。 ならば、こんな程度の一撃には、直ぐ様二の撃が繰り出されると予想していたのだ。 そう。 スペルは全く油断していなかった。そして、同時に愚かでもあった。 次の一撃。 それが『狂虫王者』の虫の大群によるものであると、過信していたという愚考。 敵の腹の中にいるというのに。最強の集団であるからこそ、一対一で戦いに挑むという思考。 スペルが放った熱波は、虫達を等しく焼き尽くし――館内の至る所を燃やしながら、遂に外へとその膨張を解き放つ。 その先――熱波の先にいた影。 『炎術師』。 炎を使役し、本物の地獄の業火をも従える青年は、息を吐くようにその炎を"返した"。 無論、貴族の邸宅を丸ごと吹き飛ばす威力に変化させて。 ◆◆◆
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