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俺はもう愛美さんとは会えないのに、この男は何とも思っていないから、という理由で彼女に用もなく会えるわけだ。ちょっと羨ましい。
こういうのが、しがらみってやつなんだろう。思わず溜め息が漏れた。今日は、つくづく妙な感傷に見舞われる。変な日だ。
「仁志くん、犬飼ってたの? 可愛いじゃーん!」
運転席から顔を覗かせた佐奈さんは、無邪気に俺に声をかけてくる。
佐奈さんに軽く会釈すると、助手席の窓から左腕をぷらぷらさせる額田先生と目が合った。
「今、帰りですか?」
「ああ、今日は実家の方でメシ食おうって母親から電話があって。佐奈に迎えに来てもらったとこ」
「変わらず仲が良さそうで、何よりです」
普通にそう言ったつもりだったけど、額田先生は眉尻を下げる。
「まあ、そりゃあな」
どうやら嫌味に聞こえてしまったらしい。否定するのも面倒なので、そのままにしておくことにした。
10歳以上も年上のこのひとは、高校生に嫌味を言われたくらいで気にするようなひとではない。そもそも、言ってはいないけど。
養護教諭である額田先生がどうして俺を覚えているかと言うと、愛美さんや佐奈さんを通して知り合った、というのもあるけど。
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