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「何、お前ら知り合いなの?」
「ちょっとね。ね、仁志くん」
そんなことで額田先生の気を引けるだなんて思ってないだろうに、それでも流華さんは俺と知り合いだということをたった今、わずかに利用した。
案の定、額田先生は流華さんの顔を見て、軽く首を傾げる。
馬鹿だな。そんなに額田先生の気を引きたいのなら、今ここでこの前みたいなキスをして、固く閉じられたそのスーツとブラウスのボタンを弾いて、泣かせてあげてもいいよ?
獣丸出しの思考回路に、自分で溜め息をついた。
流華さんは少しでも額田先生に自分のことを考えて欲しいだけだ。ほんのわずか、一瞬でも。それに俺が苛立ってどうするんだろう……。
そこから後の会話は、完全に右から左に流れて抜けていった。正直、あまり聞いていたくなかったし、見ていたくもなかったから。
綺麗なお姉さんを前に斉木がしどろもどろになっていたのには笑えたから、それが救いだったような。
ときどきちらっと見た流華さんの横顔は、完全に恋する乙女のそれで。
俺じゃあんな顔にさせてはあげられないな……と思うと、妙に寂しい気持ちになった。
でもそれは承知の上で、流華さんだって俺には他に好きなひとがいることを知っていて。
もし俺が愛美さんと仲良く話しているのを見たら、流華さんもこういう気分になってくれるだろうか。そうならいいのに、と思った。
いくら探しても名前のつかない感情が、俺の心の中に侵食していた。
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