判らないことがあるというのは、不愉快だ。

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  「ねえ、何か怒ってる?」  本当は振り返るつもりなんてなかったけど、カツカツと響く高いヒールの音に、我に返ってしまった。  そんなヒールで走ってきて、転んで怪我でもしたらどうするんだよ──って。 「別に怒ってなんかないよ」  カツ、カツ……と俺の傍まで来た流華さんは、きゅっと口唇を結んで真っすぐに見上げてくる。その瞳に怯む程やましい何かがあるわけじゃない。俺は、そのまま流華さんを見つめ返した。  すると流華さんの瞳が、一瞬だけ悲しそうに揺れる。 「……嘘。仁志くんの感情とか、あたしには手に取るように判っちゃうんだから」 「どうして。俺、何も言ってないけど」 「言っても言わなくても、判るの」  やたら確信めいた流華さんの言葉に、毒気を抜かれていくような気がした。  流華さんは、窺うように俺のカッターシャツの袖に手を伸ばしてきた。  俺がそれを振り払おうとしないことに安心してか、流華さんはそのまま肩に額を押し付ける。 .
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