拭えないものってあるんだよ。

11/11
前へ
/40ページ
次へ
  「……年上の女の人が好きなの?」  それは愛美さんのことも指して言ってるんだろう、とこのときの俺は能天気に考えた。 「別に、そういうわけじゃ……たまたまだよ」  すると、西川さんの瞳が少し潤んで、揺れた。その、少しぽってりとした小さな口唇が、動く。 「……小林さなえ。忘れたわけじゃない、よね?」  その名前は、誰も知るはずのない名前だった。  小学生の頃からずっと一緒にいる、斉木以外は。  ──小林さなえ。  彼女の名前を、俺はきっと死ぬまで忘れないと思うんだ。 『迷わなくていいから……もっと、深くまでおいでよ』  そうささやいてくれた甘い声を、忘れた日などありはしない。  ……あのとき俺は、歪んでいくことにどうしても耐えられなかった。はみ出したかったわけじゃない。そんなことは、かけらも望んでいなかった。  ただ、取り巻くすべてに少しずつ違和感を覚えていく自分。俺は、それをなかなか受け止め切れなかっただけなんだ。  そんなことを吐き出させてくれたひとを、ただ通り過ぎていく術がこの世のどこかにあったのなら、教えて欲しかった。  せめて、愛とか恋とか──そういう区別がつけられたなら、俺は全てを刹那の中に置き去りになんてしなかったのに。 .
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

316人が本棚に入れています
本棚に追加