どこにも証拠なんてない。

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  ゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。..。.:*・゚ 「ご両親は、あなたの気持ちがどうと言うより、まず成績が落ちないかって心配なさっているわ。だから、再来週のテストくらいは受けに行ってね」  ふわふわ長い髪、ピンクのエアフレームの眼鏡が印象的な小林さなえは、言いにくいことをあっさりと放つひとだった。 「普通、もう少しオブラートに包みません……?」 「私もそうしたいんだけど……全部言っておいてくれって、契約のうちなのよ。ごめんね」 「ひとつ屋根の下で暮らす家族なのに、そんなことまで他人任せなのか。呆れた」 「まあ、あなたの人生を心配していらっしゃるのは事実よ。親の心配は、子どもにとっては不可解で鬱陶しいものだっていうのも判るんだけど……私としては、あなたに妥協してもらいたいところね」  その方が楽だし、とドライに言い切ったさなえさんの都合と理屈に、妙に納得させられている自分がいた。  父さんと母さんも、こんなふうに自分の言葉で話してくれたらいいのに、とちょっとだけ思った。  さなえさんとほんの数分話しているだけで、びっくりするほど楽しかった。  さなえさんの方も、飲み込みのいい俺を気に入ってくれていた。  その日のノルマのテキストを済ませてしまえば、趣味の話や友達の話、とにかく色んな話をしていた。むしろ話がしたくて、勉強を早く終わらせていたんだと思う。  それが、いけなかったんだろうか。生い立ちの話なんかしたからだろうか。  アルバムに整理されているわけでもない、小さい頃の写真の束をそのまま見せたからだろうか。  さなえさんはある日、俺に必要なのは説教でも放任でもなく、体温から伝わる愛情じゃないか、って真面目な顔をして言い出した。 .
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