苦いところをもっと下さい。

5/14
前へ
/40ページ
次へ
  「ああ、いいの。どうせ文化祭までの繋ぎだから」  また非常階段に俺を連れてきた長倉さんに彼氏のことを訊ねると、そんな答えが返ってきて、俺は苦笑する。 「フットワークの軽いことで。俺には真似できない」 「だって、坂田くんが相手にしてくれないからじゃん。あたしだって、彼氏いないのが続くの我慢できないし」  果たしてそこに愛はあるのか、と訊いてみてやりたかったけど、ならそれをくれ、と言われそうな気がして口をつぐんだ。  朝から変わらない、冷たい風が殺風景なこの場所を吹き抜けて、俺はまたぶるり、と身体を震わせる。俺はパーカーの前を開けているだけでこれなのに、夏服だけで平気そうにしている長倉さんが、ちょっと不憫に思えてきた。  長倉さんは、カチカチと携帯を弄り出す。 「気にしてたでしょ、夏休み前の変な噂」 「? ああ、あったね。実害がないからいいかな、と思ってたけど」 「坂田くんて1年のとき、カワイイ感じの先輩と付き合ってたじゃん。その人の前に付き合ってた人とか、いた?」 「……」  一瞬、喉に何か詰まったような気分になった。 .
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

316人が本棚に入れています
本棚に追加