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……そういえば、俺はこのひとに愛美さんの名前を言っておいたんだっけ……。
ふと、冷静になった。愛美さんが母校の文化祭に顔を出すのは、おかしなことじゃない。この春卒業したばかりなんだから、それは尚更だ。
義妹である佐奈さんはともかく、愛美さんの性格を考えたら、気心の知れた額田先生のところに顔を出すのも自然なことだった。この時間まで校内にいてもおかしくはない。
すると流華さんが俺の思考を読んで、ささやくように言った。
「……愛美……さん、彼氏と来てたみたい。けど、彼氏の方に急に仕事の電話が入ってひとりになっちゃったそうよ。佐奈ちゃんとは校内で偶然会って、合流したって言ってた」
「……そう……」
別の疲れがどっと押し寄せた。俺は流華さんの手を握ったまま、ゆっくりと歩き出す。
「変なことしてごめんね」
「ううん。いい。判ったから」
すると、流華さんはスルリと俺の腕に自分の腕を絡ませて、そっと身体を寄せてきた。
「……怒った?」
「怒る理由なんて、ないよ」
でも、ありがとう、とはさすがに言えなかった。
愛美さんとまともに遭遇したかったのか、と問われれば間違いなく“NO”と答える。
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