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「ほんと待たせた」
目の前に立つその人は、走ってきたのが分かるほどハァハァと息を吐いている。
額に少し汗を滲ませ、とても慌てて来たんだろうなって全身でそう言っているのが分かった。
年は30くらいで、キリリとした表情は仕事が出来そうな感じだ。
着ているスーツ姿もしっくりきている。
響く声が心地よくて、出てくる言葉は優しい。
八重子さんを見つめる目も優しくて、でも不安を滲ませているのも十分に見て取れた。
すぐに分かる。
この人の表情一つで、何を求めてるのか。
何を考えているのか。
ほかの人よりはずっと、私はこの人のことをよく見つめ、毎日考えているから――
「補佐……どうして?」
凍りついた心臓がまた緩やかに鼓動を再開したかと思ったら、今度はまた激しく打ち始めた。
「萌優?」
目を見開いて呆然とする私に、横でこの状況を見ている先輩が不思議そうな声を上げた。
そしてそんな私たちを見ながら、目の前の人は合点がいったという表情で「やっぱりな」と納得の声を上げる。
トキ兄と呼ばれたその人は、私の初恋の人で、今は私の上司である課長補佐。
永友刻也(ながともときなり)であるその人は、今私たちの目の前に立っていて、いつもとはどこか違う表情を私に見せていた。
「やっぱりって、どういうこ」「江藤、話は後だ。釜田、説明しろ。あいつはどうなってるんだ?」
私の話を遮って、補佐は話を八重子さんに尋ねた。
補佐が人の話を遮ることは珍しいけれど、状況から見て尤もだと納得した私は口を閉ざし、先ほどから気になっていた話題である海人先輩の安否についての答えを待った。
じっと八重子先輩を見つめる私と補佐の4つの目。
顔面を片手で覆いながら、先ほどと同じようにはぁーとため息を漏らして先輩はそれを受け止めた。
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