声無き慟哭

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 ――風に乗って、空を自由に飛び回る。  それはトネリコにとって、当たり前のことでもあり、特別で、大切な儀式のようなものでもあった。  トネリコが地面スレスレの位置を滑空すると、タンポポの綿毛が弾かれたように飛んでいく。水に触れれば、パシャッと音を立てながら、小さな水飛沫が上がる。指先が冷たくて心地よく、トネリコの頬が自然と綻びた。  周囲の者達も、トネリコが小さなトルネードの様に空を飛び回るのには、もう慣れっこだ。  何しろ彼は、風を運ぶ妖精であることに加え、世界樹ユグドラシルの声を聴くことが出来る、唯一の聴き手なのだから。 「やあ、ユグドラシル!」  この世界を支える巨木、トネリコは彼女に、まるで親しい友人であるかの様に、弾けるような笑顔で話しかける。これがトネリコの日課だ。  だが、今日はいつもと何かが違った。僅かだが、ユグドラシルの反応が鈍い。風に乗って葉を揺らすユグドラシルの姿が、どこか弱々しく、トネリコには思えた。  この妖精だけが住む世界の母であり、以来ずっと世界を支え続けてきたユグドラシルにとって、初めての異変だった。
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